芥川賞のすべて・のようなもの
選評の概要
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石川達三
Ishikawa Tatsuzo
生没年月日【注】 明治38年/1905年7月2日~昭和60年/1985年1月31日
在任期間 第21回~第65回(通算22.5年・45回)
在任年齢 43歳11ヶ月~65歳11ヶ月
経歴 秋田県平鹿郡横手町(現・横手市)生まれ。早稲田大学文学部英文科中退。電気業界誌の編集ののち、昭和5年/1930年ブラジルに渡航。帰国後、再び雑誌編集に携わるかたわら同人誌等に創作を発表。昭和13年/1938年、『中央公論』発表の「生きている兵隊」が発売禁止となり新聞紙法違反で起訴される。昭和27年/1952年~昭和31年/1956年、日本文芸家協会理事長。
受賞歴・候補歴
個人全集 『石川達三作品集』全12巻(昭和32年/1957年~昭和33年/1958年・新潮社刊)
『石川達三作品集』全25巻(昭和47年/1972年2月~昭和49年/1974年2月・新潮社刊)
芥川賞候補歴 第1回受賞 「蒼氓」(『星座』創刊号[昭和10年/1935年4月])
備考
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下記の選評の概要には、評価として◎か○をつけたもの(見方・注意点を参照)、または受賞作に対するもののみ抜粋しました。さらにくわしい情報は、各回の「この回の全概要」をクリックしてご覧ください。

芥川賞 21 昭和24年/1949年上半期   一覧へ
選評の概要 次点二人 総行数74 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男43歳
候補 評価 行数 評言
藤枝静男
男41歳
10 「良き題材を選びそれを書きこなすという努力は小説の本道であって、非難にはならない。一つの良き題材を描き得た人は他の題材だって書ける筈だと思う。私はこの作者の将来には期待をもってもいいと思う。院長という人物の描き方などは凡手でない。」
松村泰太郎
男40歳
8 「良い作品だと思った。丹羽君が「此の人には努力賞というようなものを贈りたい」と言ったが、私も同感である。後半が少し急いでいる感じがあるが、実力のある作品だと思う。」
女48歳
11 「前半が実に良い。しかし後半になってまるで退屈である。その意味で私はこの作品を採らなかった。」「(引用者注:「本の話」と「確証」)どちらも一つだけを当選作とすることは承認し得ないのであった。」「したがって今回はいわば二人(引用者注:由起しげ子、小谷剛)とも次点である。」
男24歳
13 「はじめ「四天王」が挙げられていたが、これは低俗で、巧みではあるがその巧みさがいやらしかった。」「「確証」の方がずっと良い。実に危い橋をわたっていたが、最後の十行ばかりのところに反省と苦悶があって、全体が救われている。」「(引用者注:「本の話」と「確証」)どちらも一つだけを当選作とすることは承認し得ないのであった。」「したがって今回はいわば二人(引用者注:由起しげ子、小谷剛)とも次点である。」
  「八人の委員の意見がどうしてもまとまらず、特にすぐれた作品をも見出しかねて、今回は当選作なしという事に一度はきまったのであるが、事務局の方は是非授賞をしたいという話で、ついに投票できめることにした。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和24年/1949年9月号)
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芥川賞 22 昭和24年/1949年下半期   一覧へ
選評の概要 選後小感 総行数39 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男44歳
候補 評価 行数 評言
男42歳
19 「すぐれた才能をもった人だと思う」「一回の委員会では済むまいと思ったが、案外意見が早くまとまった。」「なかなか巧みな技巧のある人で、小説を面白く構成して行く技術をもっている。将来相当の多作濫作にも耐え得る作家だろうと思う。しかしなるべくならば多作はすすめたくない。」
  「前回に比べて候補作品がすぐれていると思った。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和25年/1950年4月号)
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芥川賞 23 昭和25年/1950年上半期   一覧へ
選評の概要 選後に 総行数45 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男45歳
候補 評価 行数 評言
森田幸之
男36歳
13 「「断橋」は才気の切れ味を見せたもので、「文学」というものの考え方、主題を彫琢して作品を彫り上げる場合の計画と勘の鋭さを私は採る。」「将来立派に書いて行ける人だ。「北江」の方を見てもそれはわかる。」「多分何を書いてもまちがいの少い人だろうと思う。」「技術的に、あるいは作家的手腕としては(引用者注:辻亮一より)森田君の方がすぐれていると私は主張した。」
男35歳
16 「(引用者注:授賞が)「異邦人」になるとは思わなかった。」「危険を感じる。「木枯国にて」というもう一つの作品は問題にならなかった。これで相当に減点された位で、人柄の良い作家らしいが、その人柄を頼りに書いてあるような所がある。」
  「(引用者注:田宮虎彦の)他の候補者のなかから、私は正直に言って一人の受賞者を決定しかねた。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和25年/1950年10月号)
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芥川賞 24 昭和25年/1950年下半期   一覧へ
選評の概要 お詫び 総行数31 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男45歳
候補 評価 行数 評言
  「今回は甚だ不本意ながら事情があって委員会に出席することもできなかったし、候補にのぼった作品も四篇しか読むことができなかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和26年/1951年4月号)
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芥川賞 26 昭和26年/1951年下半期   一覧へ
選評の概要 選後に 総行数32 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男46歳
候補 評価 行数 評言
男33歳
22 「「広場の孤独」が他にくらべて一段とすぐれている。これにきまったのは妥当でもあり、有意義だったと思っている。」「他の候補作にくらべて、格段に新しい。それが小手先の技巧的な新しさでなく、時代を感ずる皮膚の鋭敏さであることを私は良いと思った。」「坂口君の反対意見は少し意地わるな批評のように私は思った。」「「広場の孤独」は描写を出て自己の表現をもっている。私はこの点を強く支持する。」
  「候補作品一般については寸感をのべるならば、文学芸術としての(表現)ということを忘れて(描写)におぼれ過ぎる傾向が一般にあるように思った。そこに作品の低調さの原因がある。このことは既成文壇についても言えることで、かなり重要な問題である。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和27年/1952年3月号)
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芥川賞 27 昭和27年/1952年上半期   一覧へ
選評の概要 自然主義からの脱却 総行数25 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男47歳
候補 評価 行数 評言
  「私の意見も当選作なしという結論であった。」「候補にのぼった作品を見て、改めて感ずることは、日本に於ける自然主義文学の影響がいまもなお強い脈を曳いていて、青年作家の新しい成長を毒しているのではないかという事である。」「甚だ直感的な印象ではあるが、今回の候補作品は、小粒で、技巧的であるように思った。(作家魂)というようなものが甚だ少いような気がした。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和27年/1952年9月号)
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芥川賞 28 昭和27年/1952年下半期   一覧へ
選評の概要 選後感 総行数31 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男47歳
候補 評価 行数 評言
男31歳
7 「佐藤、坂口、石川は認めると云い、丹羽は全く問題にしない態度だった。」「「喪神」には光るものがあるのだ。ある選者はこの中の剣法などを、出鱈目だと云った。彼は光ったものを感じなかったのであろう。」
澤野久雄
男40歳
3 「全く認めなかったのは、佐藤、舟橋で、認めようとするのは丹羽、石川などであった。この差は選者自身の作風や好みから来るものだろうか。」
男43歳
5 「佐藤、川端は高く評価したが、私には面白いと思えない。丹羽氏も認めない態度であった。」「これは私小説の系統に属するもので、その系列を辿って来た選者には高く認められるのであろうかとも思った。」
  「八人の選者の意見ははじめから全くばらばらで、当選作無しとするのが順当のようであった。二つの当選作をきめたけれども、選者は必らずしも満足していない。」「芸術作品というものは美術、音楽などにしても、本質的に一定の物さしで量ることのできないものであり、各人の個性にしたがって鑑賞すべきものだ、とも言い得るであろう。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和28年/1953年3月号)
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芥川賞 29 昭和28年/1953年上半期   一覧へ
選評の概要 私の所感 総行数27 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男48歳
候補 評価 行数 評言
男33歳
27 「安岡君の二つの作品は特に問題にはなるまいと思っていた。それが当選ときまったのは意外であった。」「「陰気な愉しみ」は感覚だけの作品と云ってもいい。それが、末梢神経だけの感覚であって、それだけで終っている。」「「悪い仲間」について(引用者中略)私はちっとも新しいとは思わないのだ。」「前作「愛玩」についても言えることだと思うが、この作者の作品は、描写が地べたを這っている。」「この種の作品を推奨することは、純文学を面白くないものにしてしまう危険がありはしないだろうか。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和28年/1953年9月号)
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芥川賞 30 昭和28年/1953年下半期   一覧へ
選評の概要 私の見解 総行数34 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男48歳
候補 評価 行数 評言
  「今回ははじめから、当選作なしと私は思っていた。従って、どの一つをも推薦することができなかった。委員の諸氏にもそういう考えが強かったように思う。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和29年/1954年3月号)
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芥川賞 31 昭和29年/1954年上半期   一覧へ
選評の概要 少数意見 総行数35 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男49歳
候補 評価 行数 評言
曾野綾子
女22歳
21 「二つ(引用者注:「遠来の客たち」「その掟」)を支持したのは丹羽君と私だけであったのは意外だった。」「(遠来の客たち)の新しさについて、私と丹羽君だけが強く認めたのに、他の誰もが認めなかった。」「これこそは戦後のものであって、私には舟橋君にも宇野浩二さんにも書けない新しい性格の文学だと思う。」「私にとって、又は今日までの日本文学にとって、「異種」である。」「作者がまだ二十三歳ぐらいの若い人だから、今度は見送って、今後の成長を見ようという説もあったが、単に年が若いというだけのことがハンディキャップになる筈はない。」
川上宗薫
男30歳
8 「二つ(引用者注:「遠来の客たち」「その掟」)を支持したのは丹羽君と私だけであったのは意外だった。作家としての力倆から言えば(その掟)が第一だ。」「こういう感覚的な描写が案外委員に支持されていないということを知ったのは、私にとって一つの勉強になった。だが、この作者は必らず伸びる。」
男30歳
7 「委員会の翌日、もう一度(驟雨)を読んでみたが、私には満足できなかった。吉行君には気の毒だが、この当選作について世評は芳しくあるまいと想像する。」「しかし当選と定ったからには今後の吉行君の努力、殊に文学態度についての反省を望みたい。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和29年/1954年9月号)
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芥川賞 32 昭和29年/1954年下半期   一覧へ
選評の概要 授賞の規準 総行数36 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男49歳
候補 評価 行数 評言
戸川雄次郎
男29歳
8 「私は(引用者中略)推したが、(引用者中略)多数の同意を得るには至らなかった。」「川上、戸川両君は正面からぶつかっている。私はこの方に好感をもった。」
川上宗薫
男30歳
9 「私は(引用者中略)推したが、(引用者中略)多数の同意を得るには至らなかった。」「この前の「その掟」の方がすぐれて居り、今年に入ってからも良いものを発表しているということで、保留された。」「川上、戸川両君は正面からぶつかっている。私はこの方に好感をもった。」
男39歳
12 「小島、庄野、小沼の諸君もみな力量のある人たちだが、正面を外して側面から対象を描いている。」「小島、庄野両君に(引用者注:授賞が)きまったのも少し無理で、議論をつくした果てに自説を抛棄したというかたちだった。」「既に沢山の作品を出して居り、たとい当選作に疑義があっても、大した問題は起らないという安心感に支えられていた。しかしこの事にも疑問がある。作家を選ぶのか作品を選ぶのかで、見解は分れる。」
男33歳
12 「小島、庄野、小沼の諸君もみな力量のある人たちだが、正面を外して側面から対象を描いている。」「小島、庄野両君に(引用者注:授賞が)きまったのも少し無理で、議論をつくした果てに自説を抛棄したというかたちだった。」「既に沢山の作品を出して居り、たとい当選作に疑義があっても、大した問題は起らないという安心感に支えられていた。しかしこの事にも疑問がある。作家を選ぶのか作品を選ぶのかで、見解は分れる。」
  「他に新人文芸賞が多くあるので、芥川賞の在り方をどの位置にきめるべきか、いずれ近いうちに決定されなくてはならない。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和30年/1955年3月号)
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芥川賞 33 昭和30年/1955年上半期   一覧へ
選評の概要 遠藤君を推す 総行数40 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男50歳
候補 評価 行数 評言
男32歳
18 「第一候補(引用者中略)という心づもりで、私は委員会に出て行った。」「全く未知の人だが私はこの作品を信用してもいいと思う。戦後のフランス文学などに類型がありはしないかという疑問も提出されたが、古臭い類型ならともかく、新しい類型ならば外国にその例があっても無くとも、委員会はあまり気にしなくともいいと私は思った。」「直木賞候補だという説もあったが、私はそうは思わない。」
坂上弘
男19歳
11 「第二候補(引用者中略)という心づもりで、私は委員会に出て行った。」「疑問の多い作品であるが、同時に独自なものがあり、新しいものもある。それだけに一致した推薦が得られなかったのも致し方ないことだと思う。」「今日は疑問に感じられたものが、立派に成長するか馬脚を現わすか、そういう心配と期待とがあるのだ。」
  「某新聞が、芥川賞では食えないとか、当選の価値が下落したとか、嫌味な記事をのせていたが、言わでもの事を書きならべてどれ丈けの意味があるだろうか。実力ある人は授賞されなくても伸びて行くだろう。そんな事は当りまえだ。」「この新聞は、芥川賞作家三十五人のうち、活躍しているのは三分の一ぐらいだと言っているが、三分の一が堂々と活躍しているならば、文学賞制度としては立派な成果ではあるまいか。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和30年/1955年9月号)
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芥川賞 34 昭和30年/1955年下半期   一覧へ
選評の概要 危険な新人 総行数25 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男50歳
候補 評価 行数 評言
男23歳
16 「推すならばこれだという気がした。」「欠点は沢山ある。気負ったところ、稚さの剥き出しになったところなど、非難を受けなくてはなるまい。」「倫理性について「美的節度」について、問題は残っている。しかし如何にも新人らしい新人である。危険を感じながら、しかし私は推薦していいと思った。」「芥川賞は完成した作品に贈られるものではなくて、すぐれた素質をもつ新人に贈られるものだと私は解釈している。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和31年/1956年3月号)
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芥川賞 35 昭和31年/1956年上半期   一覧へ
選評の概要 自信のないまゝに 総行数27 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男51歳
候補 評価 行数 評言
男36歳
11 「面白いけれども、当選作とするには私は物足らなかった。」「こういう作品は珍しくはないし特に優れて居るとも思えなかった。」「もし他にこれという候補作があれば、私はもっと論争して見る気はあったが、残念ながらその他のどの作品をも推薦する自信がもてなかった。(引用者中略)従って「海人舟」に対して積極的に反対する気持にもなれなかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和31年/1956年9月号)
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芥川賞 36 昭和31年/1956年下半期   一覧へ
選評の概要 寂しさ 総行数30 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男51歳
候補 評価 行数 評言
  「銓衡が終って当選作なしときまったあと、委員会は何となくさびしくなってしまった。みんなが口々に寂しがっていた。反対意見があるようなものでも、やはり当選作が出ると何かしら活気立つ。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和32年/1957年3月号)
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芥川賞 37 昭和32年/1957年上半期   一覧へ
選評の概要 満場一致 総行数28 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男52歳
候補 評価 行数 評言
男32歳
18 「多少の異論はあったけれども、大体満場一致と云ってもいいような形で、菊村君にきまった。」「今後相当多作する人ではないかという予想をした選者も二三あった。私もそう思う。」「巧みなストーリーライターではあるが、(引用者中略・注:質的な)浅さから逃れている。もっと奥ふかい、不気味なものを描いている。」
  「今度の候補作品は大体に於て、ストーリーライターが多かったように思う。その点ではみな達者に書いている。しかし私はもっと新人らしい野心や冒険を期待したい。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和32年/1957年9月号)
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芥川賞 38 昭和32年/1957年下半期   一覧へ
選評の概要 若い世代に 総行数25 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男52歳
候補 評価 行数 評言
男27歳
7 「最後のところで結論をいそいだ感があり、作家としての経歴の浅さを暴露しているが、取材は新しいし意図は強健である。整理の足りないところもあるが、作品全体の強さがそれを補っている。ほかの候補作のどれよりも、はっきりした意図をもち、創作意慾にみちている。それが魅力だ。」
  「二三年前にくらべると、候補にのぼった作者の年齢が格段に若くなっている。昭和生れの作家が登場してきた。私たちはこの人たちに新しい期待をもってもいいかも知れない。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和33年/1958年3月号)
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芥川賞 39 昭和33年/1958年上半期   一覧へ
選評の概要 新人大江に賛成 総行数39 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男53歳
候補 評価 行数 評言
男23歳
33 「晦渋な表現が少くない。わざと解りにくく書いているような気もする。しかし新しい才能として推薦するのが妥当であろう。私は、「死者の奢り」よりもこの方(引用者注:「飼育」)を採る。」「大江君はこの半年のあいだに流行作家のようになっているのだから、授賞すればそれがその例になって、新人賞の意味がぼやけてくる。授賞しない方がよろしい。……こういう解釈で、私は反対した。」「大江君は一見流行作家のようではあるが、現に大学生でもあり、作品経歴も極めて薄い。作品も新鮮である。私は改めて今回の授賞に賛成することにした。」
  「表現の晦渋さ――予選通過作品のいくつかは、今までの日本語になかった晦渋な表現を用いている。それが青年作家のなかの流行なのかも知れない。外国語の直訳のような固くて解りにくい文章だ。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和33年/1958年9月号)
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芥川賞 40 昭和33年/1958年下半期   一覧へ
選評の概要 二、三の疑問 総行数27 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男53歳
候補 評価 行数 評言
  「今回は、委員の誰も、自信をもって推せる作品がなかった。論争らしい論争もなかった。きわめて低調で意気あがらざる委員会であった。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和34年/1959年3月号)
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芥川賞 41 昭和34年/1959年上半期   一覧へ
選評の概要 新人を推す 総行数30 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男54歳
候補 評価 行数 評言
男49歳
10 「私はもっと難行するだろうと思っていたが、「山塔」の良さを認める人が多かったので、予想されたほどむつかしくなかった。」「娯楽性の少い小説で、殊に冒頭のあたり解りにくいが、後半は冴えている。」「類似品のすくない作風である。リアリズム万能とでも云うようなちかごろの文壇に、こういう作家の登場はなかなか意味ふかいものがある。」「(面白かった)ということ以外の別のものがある。それが貴重なものだと私は思う。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和34年/1959年9月号)
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芥川賞 42 昭和34年/1959年下半期   一覧へ
選評の概要 低調ではない 総行数29 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男54歳
候補 評価 行数 評言
  「当選作は無しときまったが、予選に残った作品がみな低調だったとは思わない。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和35年/1960年3月号)
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芥川賞 43 昭和35年/1960年上半期   一覧へ
選評の概要 異常な主題 総行数29 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男55歳
候補 評価 行数 評言
男33歳
6 「委員のほとんど全部が推薦したい気持であったから、問題はなかった。設計も建築もしっかりした建物を見るような感じで、少しの危なげもない。」「「谿間にて」に比べて、厚みと幅とを加えたようだ。」
  「今回の候補作品には、異常な主題を扱ったものが多かった。」「異常な主題にたよって、それだけの興味で読ませようと試みてはならない。その異常なものを文学にまで結晶させることは容易な仕事ではない。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和35年/1960年9月号)
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芥川賞 44 昭和35年/1960年下半期   一覧へ
選評の概要 自信をもって三浦君を 総行数33 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男55歳
候補 評価 行数 評言
男29歳
19 「推す決心をして委員会に出席した。二度読み返してみて、これを推すことに自信を得た。」「何よりも私がこれを推そうと考えたのは、この作品が報告書や作文や記録や日記や、そう云ったかたちのものではなくて、小説の原型とも云うべき正しい形のものであることと、表現の一字一句がまさしく小説であって、それ以外のものではないと云うことであった。」「小説の大きな要素の一つである「美の表現」ということを感覚的に正しく知っている人だと私は信じ得た。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和36年/1961年3月号)
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芥川賞 45 昭和36年/1961年上半期   一覧へ
選評の概要 実力は認めるが…… 総行数28 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男56歳
候補 評価 行数 評言
大森光章
男38歳
22 「私は最後まで、三篇(引用者注:「名門」「光りの飢え」「海岸公園」)のどれを当選作とするとも決心がつかなかった。全く違う主題と、全くちがった作風と、そして各々相当に書き切っている実力とを比較して、優劣をつけ得なかった。」
宇能鴻一郎
男26歳
22 「私は最後まで、三篇(引用者注:「名門」「光りの飢え」「海岸公園」)のどれを当選作とするとも決心がつかなかった。全く違う主題と、全くちがった作風と、そして各々相当に書き切っている実力とを比較して、優劣をつけ得なかった。」
山川方夫
男31歳
22 「私は最後まで、三篇(引用者注:「名門」「光りの飢え」「海岸公園」)のどれを当選作とするとも決心がつかなかった。全く違う主題と、全くちがった作風と、そして各々相当に書き切っている実力とを比較して、優劣をつけ得なかった。」
  「芥川賞の銓衡に参加してから十三年目になるが、今度が一番むずかしいと思った。つまり自信をもって推せるものが見つからない事と、「名門」「光りの飢え」「海岸公園」をどう評価し、どう優劣をつけるかという事であった。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和36年/1961年9月号)
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芥川賞 46 昭和36年/1961年下半期   一覧へ
選評の概要 銓衡の困難 総行数30 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男56歳
候補 評価 行数 評言
男27歳
22 「物語性も豊富で、一種の香気もあり、才気ゆたかな作家であるとは思いながらも、容易に私たちが当選を承知できなかったのは、この作品の裏に作者の悲しみも憤りも慨きも、そういうどっしり(原文傍点)とした動かすべからざるものが、何もないような不満を感じていたからではないだろうか。」「私のこのおせっかい(原文傍点)めいた忠告が宇能君によって理解されないようならば、マス・コミの攻勢に会って、彼はたちまち売文業者に転落して行くだろう。」
  「芥川賞の銓衡がだんだん困難になって来たような気がする。」「候補作品のなかに作者の才気や技巧によって書かれたようなものが幾つも見受けられ、作者がみずからの魂をもって書いたという風な作品が殆ど見られない、その事が選者に物足らない感じを与えるのではないかとも考えられた。(これはマス・コミ時代の悪い影響であるかも知れない。)」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和37年/1962年3月号)
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芥川賞 47 昭和37年/1962年上半期   一覧へ
選評の概要 意外な結果 総行数27 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男57歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
22 「私は最後までかなり強硬に「美談の出発」に反対した。私にはこの作家が、そんなに優れているとは思われない。」「この作品から何等の感銘もうけないし、美しさをも感じない。」「案外この作者は読者の同情を求めながら、うしろを向いて舌を出すようなところが有りはしないか。私はそういうところに欺されないように警戒しなくてはならないという気がするのだ。」
  「芥川賞の銓衡にたずさわって既に十年を越えるが、私の考えと全く逆な結果が出たことは今回がはじめてだった。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和37年/1962年9月号)
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芥川賞 48 昭和37年/1962年下半期   一覧へ
選評の概要 拍手を送る 総行数32 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男57歳
候補 評価 行数 評言
  「席上、(若い作家に新鮮なものが無い)という言葉が出されたが、もし若い人が新鮮な作品を書いた場合、かなりの年齢に達している私たちは、逆に反撥を感じたりすることも有るかも知れない。」「何度も候補に上りながら当選を得られなかった作家に対しては、却って大きな迷惑になっていはしないかという反省もしている。今回は当選作をきめ得なかったけれども、これらの人たちの次の作品に期待しようという温い気持もみんなが持っていた。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和38年/1963年3月号)
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芥川賞 49 昭和38年/1963年上半期   一覧へ
選評の概要 重量感に乏し 総行数30 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男58歳
候補 評価 行数 評言
男48歳
1 「ひとり合点なところが多い。」
女37歳
3 「前半と後半とが分裂して居り、しつこく蟹を探し廻ることの意味がわかり兼ねる。」
  「六篇の候補作品をならべてみて、私の一番の不満は、重量感に乏しいということであった。新人の作品であり、長さも短篇ということになっているのだから、大きな事を期待する訳には行かないが、読後の感銘があまりに軽い。」「人の心を打たないような作品は、どんなに巧く書かれていても、書いて読ませる事の意味が無いではないか、と思う。」「私は、当選作無し、という意見であった。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和38年/1963年9月号)
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芥川賞 50 昭和38年/1963年下半期   一覧へ
選評の概要 「感傷旅行」と「砧」 総行数33 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男58歳
候補 評価 行数 評言
女35歳
22 「私は、第一候補(引用者中略)と確信して出席した。」「その新しさを軽薄さと評することは容易だが、軽薄さをここまで定着させてしまえば、既に軽薄ではないと私は思う。これは音楽で言えばジャズのような、無数の雑音によって構成された作品であり、そのアラベスクの面白さは「悲しみよ今日は」を思い出させる。」「しかしこの作者の危険は、こうした作風が間もなくマンネリズムに陥り易いということである。」
森泰三
男(42歳)
16 「私は、(引用者中略)第二候補(引用者中略)と確信して出席した。(引用者注:第一候補の「感傷旅行」と)両方が当選作になってもいいと思っていた。」「いかにも古めかしい。しかし誠実な文章と正確な表現力をもっている。作りものという評もあるかも知れないが、これは一つのロマンとして態を成している。」「素質のある人だと思う。但し、この古めかしさにいつまでも低迷していてはならない。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和39年/1964年3月号)
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芥川賞 51 昭和39年/1964年上半期   一覧へ
選評の概要 青春のロマン 総行数28 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男59歳
候補 評価 行数 評言
男29歳
15 「芥川賞は一応短篇小説と言うことになっているので、此の作品は長過ぎる。しかし他の候補作品にくらべて力倆は抜群であると思われるので、特に推すことにした。」「青春小説である。そして青春のロマンが歌われている。そこに稚なさもあり香気もある。読み終って心の中に一種の香気が残る。それが貴重だと私は思う。」
立原正秋
男38歳
7 「私は(引用者注:受賞作に次いで)第二に推した。尖鋭なきらめくような表現があちこちにあって、この作者の才能は充分に示されているが、二三の無理な構成があって作品を傷つけている。」「しかし主人公の女性をこれだけに描けるというのは凡手でない。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和39年/1964年9月号)
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芥川賞 52 昭和39年/1964年下半期   一覧へ
選評の概要 辛い点をつける 総行数36 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男59歳
候補 評価 行数 評言
  「今回は授賞作無しと信じた。同時に小説のむずかしさをも感じた。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和40年/1965年3月号)
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芥川賞 53 昭和40年/1965年上半期   一覧へ
選評の概要 私は少数意見 総行数35 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男60歳
候補 評価 行数 評言
立原正秋
男39歳
13 「私は最初から「十津川」と「剣ヶ崎」を推すつもりだった。当選二人でもいいと考えていた。」「いろいろな欠点があり、それははっきりして居るが、戦争にからむ人種問題という大きな主題を懸命になって追究した作者の努力を、私は文学の正道だと思う。」「当選作「玩具」とくらべて量感に於ても質感においても劣るとは思われない。」
清水幸義
男(40歳)
13 「私は最初から「十津川」と「剣ヶ崎」を推すつもりだった。当選二人でもいいと考えていた。」「文章は堅実で規格正しく、地味ではあるが信用できる。色気ぬき(原文傍点)で是だけの作品を書けるのは立派だ。当選作として大衆受けはしないが、この地道な努力は買うべきだと思った。」「この作品と当選作「玩具」とをくらべて、どちらに作品の幅、大きさ、匂い、文章の緊密さ、味わいの深さを感じるだろうか。」
女37歳
14 「まとまりの良い作品であって、夫婦の生活を二人きりの場で丹念に描いている。その限りではよく書けた作品だが、それ以上のものがない。そして文学とは(それ以上)のものを要求するものだと私は思う。」「この作品には大きさも無いし高い精神も見られない。」「前作「さい果て」の方が良かったように思う。」
  「今回の銓衡結果には、私は不満だった。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和40年/1965年9月号)
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芥川賞 54 昭和40年/1965年下半期   一覧へ
選評の概要 描写以上のものを 総行数43 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男60歳
候補 評価 行数 評言
男33歳
10 「私は積極的には推せなかったが、特に反対はしなかった。」「欠点がはっきりしている。しかし筆力もあり一種の感銘もある。何よりも作者のまじめな態度が良い。」「芥川賞は新しい文学を待望するとは言っても、奇をてらうものではないと私は思っている。」
  「九篇の候補作品を読みながら、私はただ単なる描写(原文傍点)というものは何でもない、退屈なものだと思った。それが優れた小説である為には、描写しながら、描写だけでは終っていない、もう一つの何ものかが無くてはならない。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和41年/1966年3月号)
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芥川賞 55 昭和41年/1966年上半期   一覧へ
選評の概要 疑問が残る 総行数37 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男61歳
候補 評価 行数 評言
山崎柳子
女43歳
28 「前回当選の「北の河」や前々回当選の「玩具」にくらべて劣るものではない。私は自信をもってこの作品を推した。この作者は既に文学(原文傍点)を自分のものにしている。」「この作品には芸術的な『美』がきちんと表現されている。」「ルミという混血の黒い肌の娘がもっている骨に沁みるような自己嫌悪の心を、慈善事業家のような表現ではなくて、作者自身のふかい心で表現している。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和41年/1966年9月号)
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芥川賞 56 昭和41年/1966年下半期   一覧へ
選評の概要 私的感想 総行数28 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男61歳
候補 評価 行数 評言
男23歳
2 「私は「夏の流れ」を採らない。この作者にも期待をもっていない。」
  「全部が私には退屈に思われた。」「新人として登場してくる人たちには、新人らしい何か別の新しい道を歩いてほしいと思う。それが少しも感じられないのだ。」「私は今回は授賞作なしと頑固に主張した。」「どの作家を見ても「志が低い」と私は思う。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和42年/1967年3月号)
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芥川賞 57 昭和42年/1967年上半期   一覧へ
選評の概要 当選を祝う 総行数34 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男62歳
候補 評価 行数 評言
男41歳
19 「積極的に推すことはできなかった。」「(私)で始まり途中から(お前)という第二人称にかわる。しかしその(お前)は前半の(私)である。その事の必然性がどうしても納得できなかった。」「次に暴行を受ける娘の、その暴行の事情がはっきりしないし、娘自身のそれに対する態度が書いてない。」「ただ沖縄らしい生活事情の理不尽さが書かれ、その理不尽が日常的であることもよく解るように思った。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和42年/1967年9月号)
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芥川賞 58 昭和42年/1967年下半期   一覧へ
選評の概要 努力賞 総行数28 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男62歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
4 「私は積極的に推す気はなかった。しかしこれが当選することに反対はしないつもりだった。欠点はいろいろ有るが、努力賞に該当してもいいと思っていた。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和43年/1968年3月号)
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芥川賞 59 昭和43年/1968年上半期   一覧へ
選評の概要 不満が残る 総行数33 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男63歳
候補 評価 行数 評言
女37歳
11 「(引用者注:当選に)半ば賛成しながらも不満が残った。」「異国の匂いがあり、それにふさわしい文体の魅力があるが、平野謙も指摘しているように(毎日新聞)冷たい見方をすればいろいろと疑問がある。」「この人はこれから先が苦しいのではなかろうかという推測があったが、私もその危険はあると思う。」
男42歳
8 「(引用者注:当選に)半ば賛成しながらも不満が残った。」「すでに一家を成していると言ってもいい。」「むずかしい主題と取り組んで相当に書き上げているが、第四章は無くもがなであった。こういう所にこの作者の才能の先走りが見られる。」
  「技術的にはいろいろ優れた作品もあるけれども、作品の大きさ、量感という点ではいずれも落第だとしか思われなかった。私は、(これは私の癖であるが……)小器用にまとめた小さな小説というものは、いくら書いても仕様がないと思っている。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和43年/1968年9月号)
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芥川賞 60 昭和43年/1968年下半期   一覧へ
選評の概要 青年作家の衰弱 総行数42 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男63歳
候補 評価 行数 評言
  「候補作品九篇を読み通して、私は損をしたような気がした。心に残るもの、心を打たれるもの、全く何も無い。」「いわゆる純文学を志す青年たちは、大衆小説と言えば一概に軽蔑する風がある。しかし(引用者中略)むしろ純文学の精神は純文学の作家に於て失われつつあり、大衆作家の側によって受け継がれつつある。」「文藝春秋社内において三千前後の新人の作品が読まれた訳だ。その第一次銓衡段階に於て、どのような態度で、どのような規準で選出が行なわれたか。それもまた研究する必要がある。このような小粒な、けち臭い、創造性の乏しい作品だけが選び出されたというのは、すべてがそういう種類の小説であったのか。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和44年/1969年3月号)
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芥川賞 61 昭和44年/1969年上半期   一覧へ
選評の概要 変遷を考える 総行数32 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男64歳
候補 評価 行数 評言
黒井千次
男37歳
11 「私は(引用者中略)当選作と考えていた。創作態度は堅実であり、作品として姿勢は正しい。」「いわば将来に向って進む小説の正道を歩いた作品であろうと思うが、私以外の推薦者は五人ばかりしか得られなかったことを残念に思った。作中の或る男の幻影は少しとらわれ過ぎたところがあるようだ。」
男41歳
3 「疑問の点がいくつか有って、私は積極的には推さなかった。実直な描写は買うが、その描写が抜け出たもう一つ新しいものがほしいと思った。」
男32歳
17 「種々の疑問があって、私は推薦に躊躇した。」「甚だ饒舌的で、あり余る才気を濫用したようなところがあり、また日常的な通俗さを無二無三に叩きこんで、ユーモア大衆小説のようでもある。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和44年/1969年9月号)
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芥川賞 62 昭和44年/1969年下半期   一覧へ
選評の概要 みんな巧いのだが… 総行数26 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男64歳
候補 評価 行数 評言
男47歳
7 「私は躊躇した。ほとんど全篇が個人的な思考を追う(哲学的随想)のようなかたちで、どこまで行っても平板な叙述であって、立体化されて来ない。最後の短い一節だけでようやく小説になっている。」
  「技術的にはみなかなり高い水準に達していると思う。これから先は小説というものの考え方について各人の態度をきめて行くことではないだろうか。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和45年/1970年3月号)
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芥川賞 63 昭和45年/1970年上半期   一覧へ
選評の概要 特に二作を 総行数30 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男65歳
候補 評価 行数 評言
女36歳
13 「今回は(引用者注:「プレオー8の夜明け」「無明長夜」「証人のいない光景」の中から)当選作二篇と信じた。」「一読して、是は当選作と信じた。」「独自の表現を持ち独自の発想法を持っている。」「むしろ泉鏡花を思わせるような古い味わいも有る。作品は全体として写実であるよりは半抽象的であり、幻想的である。」「一篇だけを選ぶとしたら是を取ろうと私は思っていた。」
男49歳
12 「今回は(引用者注:「プレオー8の夜明け」「無明長夜」「証人のいない光景」の中から)当選作二篇と信じた。」「達者な筆つきで、なかなかの才気を感じさせる。悪ふざけが有ると指摘した人もあったが、平衡感覚のすぐれた作家で、適当に悪ふざけを切り上げるこつ(原文傍点)も心得ているらしい。」
李恢成
男35歳
6 「今回は(引用者注:「プレオー8の夜明け」「無明長夜」「証人のいない光景」の中から)当選作二篇と信じた。」「選に漏れたが、私はこの作品も相当に弁護した。しかしもう一つ迫力の足りないところがあって、大多数の賛成が得られなかった。」
  「今回は全体的に言って作品の質がそろっていた。」「帰途三島君と同道したが、今回は銓衡のあと味が大変よかったと同君は言った。私も全く同感であった。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和45年/1970年9月号)
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芥川賞 64 昭和45年/1970年下半期   一覧へ
選評の概要 当選作なし 総行数33 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男65歳
候補 評価 行数 評言
男33歳
3 「大部分が古井君を支持していた。古井君の作品に関しては私は異論がある。」
  「近ごろは短篇というもの自体がかなり長くなっているから、今後は二百五十枚程度までを短篇と見て、それ以上の長いものは除外する、という内規が確認された。」「私は腹の中では当選作なしと思っていた。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和46年/1971年3月号)
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芥川賞 65 昭和46年/1971年上半期   一覧へ
選評の概要 目標喪失の文学 総行数32 (1行=26字)
選考委員 石川達三 男66歳
候補 評価 行数 評言
  「小説がノイローゼによって書かれるような傾向、そういう作品が読者から歓迎されるらしい傾向を見聞するにつれて、もはや私が芥川賞の選に当るべき時期は過ぎたと思った。」「芥川賞は短篇ということになっている。その短篇が次第に長くなって、二百枚を越える作品も幾つか有る。なぜ長くなったか。ここにも問題がある。なぜ切れ味の良い、すっきりとした短篇が書かれないのか。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和46年/1971年9月号)
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