芥川賞のすべて・のようなもの
選評の概要
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Last Update[H26]2014/6/20

室生犀星
Muro Saisei
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生没年月日【注】 明治22年/1889年8月1日~昭和37年/1962年3月26日
在任期間 第1回~第16回(通算8年・16回)
在任年齢 45歳11ヶ月~53歳5ヶ月
経歴 本名=室生照道。石川県生まれ。金沢高小中退。
明治45年/1912年『スバル』に詩を発表。
大正7年/1918年『愛の詩集』『抒情小曲集』を刊行し、抒情詩人の地位を確立する。
小説では、大正9年/1920年の「性に目覚める頃」をはじめとして、戦前では「あにいもうと」、戦後には「杏っ子」などの代表作がある。
受賞歴・候補歴
  • 第2回渡辺賞(昭和2年/1927年)
  • 第1回文藝懇話会賞(昭和9年/1934年)「あにいもうと」
  • 第3回菊池寛賞(昭和15年/1940年)「戦死」
  • 第9回読売文学賞[小説賞](昭和32年/1957年)『杏っ子』
  • 第12回野間文芸賞(昭和34年/1959年)「かげろふの日記遺文」
  • 第13回毎日出版文化賞[文学・芸術部門](昭和34年/1959年)『我が愛する詩人の伝記』
個人全集 『室生犀星全集』全12巻・別巻2(昭和39年/1964年~昭和43年/1968年・新潮社刊)
備考
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下記の選評の概要には、評価として◎か○をつけたもの(見方・注意点を参照)、または受賞作に対するもののみ抜粋しました。さらにくわしい情報は、各回の「この回の全概要」をクリックしてご覧ください。

芥川賞 2 昭和10年/1935年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数18 (1行=26字)
選考委員 室生犀星 男46歳
候補 評価 行数 評言
宮内寒彌
男24歳
18 「甚だ佳い作品」「やはり処女作めいたごついところと、内容が眼に珍しかったからであった。書き出しの自然描写にも、ちょっと奥の手を見せたすっきりしたところもあったし、作品のがらが小説的でもあったからである。後端は拙く前半が良い。あとの拙いことも、甚だたどたどしくてよかった。」「「中央高地」は傑作でも何でもないが、人々はこういう作品を見過すことのできない、微妙な、小説的宿縁を感じるのである。」「芥川賞に値するせんよりもこの機縁こそ、若い作家に猛然たる蛮力を与えることと信じるからである。」
選評出典:『芥川賞全集 第一巻』昭和57年/1982年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和11年/1936年4月号)
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芥川賞 3 昭和11年/1936年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数25 (1行=26字)
選考委員 室生犀星 男47歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
12 「この哀れな歴史のやうな物語は今どきに珍しい自然描写などもあり、何か、むくつけき抵抗しがたいものに抵抗してゐるあたり、文明と野蛮とのいみじい辛辣な批判がある。」「委員諸氏の推せんせられた各作家を通じて最も小説的に傑れたものであることを信じる。」「小喧しく云はずに推す。」
男36歳
0  
選評出典:『芥川賞全集 第一巻』昭和57年/1982年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和11年/1936年9月号)
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芥川賞 4 昭和11年/1936年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数16 (1行=26字)
選考委員 室生犀星 男47歳
候補 評価 行数 評言
男37歳
16 「この長たらしい百五十枚の小説はどこもかしこも一杯に詰った近代小説学を体得し、油断なき熟練によって更に一層この作家のごちゃごちゃした天分を生かしたものであった。」「私は不思議な宿命的な感覚からこの作品を絶対に支持することに決心した。その日(引用者注:第一回委員会の日)私の見た数々の作品等は決して私の宿命にまで影響して来なかったからである。」
男34歳
5  
  「前例を破って二君(引用者注:石川淳、富沢有為男)の作品が採決された時には各委員は何かすがすがしい顔付をしていたことは、この二つの作品の孰れをも登場させたい希望があったからである。」
選評出典:『芥川賞全集 第一巻』昭和57年/1982年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和12年/1937年3月号)
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芥川賞 5 昭和12年/1937年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数19 (1行=26字)
選考委員 室生犀星 男47歳
候補 評価 行数 評言
男37歳
19 「最も気になり気になるためにすいせんせざるを得ない尾崎一雄を推して置いた」「今まで当選した作家は重厚な中篇の作家ばかりであった。だが、尾崎一雄氏によって遂に片々たるものも莫迦にするなという反対の啖呵を切られたような快哉を感じる。こいねがわくば以後片々たらざらんことを作者にのぞむ訳だ。」
選評出典:『芥川賞全集 第一巻』昭和57年/1982年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和12年/1937年9月号)
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芥川賞 6 昭和12年/1937年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数11 (1行=26字)
選考委員 室生犀星 男48歳
候補 評価 行数 評言
男31歳
11 「特に未来の文学をひらかせるものでもなく、亦、逞しさや旺盛さもない、凡作のちょっと上くらいのところである。だが、この作品にある物見高い呼声はそっくり物見高いところにまで、二三の委員の黙認のまませり上げられて行ったのである。」「一地方文学雑誌の小説がかくのごとく穏かに認められたということでは、私の好みの小ささを棄てさせ、そして私は諸委員に賛成の意を表したのである。」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和13年/1938年3月号)
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芥川賞 7 昭和13年/1938年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数9 (1行=26字)
選考委員 室生犀星 男49歳
候補 評価 行数 評言
伊藤永之介
男34歳
5 「「鴉」を極力すいせんした。「梟」が何時か問題にのぼり、いま亦「鴉」が芥川賞にもれたことは遺憾であった。」
男37歳
4 「確かりと書かれてある。唯、素材が老人物であるだけに作品の進行が一律であって、展がることが出来ない窮屈さがあった。」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和13年/1938年9月号)
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芥川賞 8 昭和13年/1938年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数20 (1行=26字)
選考委員 室生犀星 男49歳
候補 評価 行数 評言
女29歳
14 「大変にうつくしい小説だと思った。小説というものに野心を持たず、にごった気持やすたれたところも見えず、美しい一方であった。」「(引用者注:第二回の委員会で)私は「乗合場所」をすいせんした。」「未熟の美しさを認めるとすればお帳場(引用者注:「お帳場日誌」)もいいし、中里氏もいいわけである。」
吉川江子
女27歳
16 「第一回の委員会で(引用者中略)すいせんした。」「ごちゃごちゃした書き方ではあるがこれらを整理できる将来がこの作者に持たれて行ったら、新人ではあり、うみたて卵のようでいいと思った。」「未熟の美しさを認めるとすればお帳場(引用者注:「お帳場日誌」)もいいし、中里氏もいいわけである。」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和14年/1939年3月号)
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芥川賞 9 昭和14年/1939年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数10 (1行=26字)
選考委員 室生犀星 男49歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
9 「(引用者注:「鶏騒動」と共に)小説としての向側が見え透いているが、見えていても別々にいいところを持っている。」「何度もその素材の上で読んだことのある小説のような気がするが、それでいて又別な味がする。」「(引用者注:旅行先から)電報で一票を入れた。」
男28歳
8 「(引用者注:「あさくさの子供」と共に)小説としての向側が見え透いているが、見えていても別々にいいところを持っている。」「旅行先で川端康成君にお願いして「鶏騒動」と「姫鱒」とがいいという意味をつたえて、欠席した」
長見義三
男31歳
2 「旅行先で川端康成君にお願いして「鶏騒動」と「姫鱒」とがいいという意味をつたえて、欠席した」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和14年/1939年9月号)
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芥川賞 10 昭和14年/1939年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数19 (1行=26字)
選考委員 室生犀星 男50歳
候補 評価 行数 評言
織田作之助
男26歳
10 「「俗臭」を推薦することを期して出席した」「僅かに久米委員が一顧をあたえてくれただけである。瀧井委員は少し品がわるくてといい、彼方向いて了った。宇野委員にどうかねとたずねると、黙って顔を少し動かしただけである。」
男32歳
13 「半分しかよんでいなかった。当夜持って出た私の覚書には「身につかず」と書いて置いた。(引用者中略)「密猟者」の生活全体がその読んだ日の私の心の向きにつき(原文傍点)が悪かったからである。」「翌日私は「密猟者」を読んで見て鮮かなる一芸を諒解したのである。」「ただ、こういう世界は詩人にのみ描ける世界であることを嘗ての作品経験から私は知っていたので、やはり大して驚かなかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和15年/1940年3月号)
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芥川賞 11 昭和15年/1940年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数26 (1行=26字)
選考委員 室生犀星 男50歳
候補 評価 行数 評言
高木卓
男33歳
16 「歴史小説としてのすじの正しいものであって、ありふれた駄洒落やインチキの食ッ付きがなく、歴史小説の陥ち入りやすい厭味から脱けているところがいいと思った。それだけ平凡だといえばいえるが、こういう平凡は却って宜い意味の平凡だともいえる。」「辞退をされたので無賞となったが、それもそれでいいだろう。しかし一たん「芥川賞」の刻印を打たれたら斯る公けのものゆえ、それは却って芥川賞の色が濃くはげないことになる。どういう理由か分らないが、こういう作家があってもいいわけである。」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和15年/1940年9月号)
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芥川賞 12 昭和15年/1940年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数11 (1行=26字)
選考委員 室生犀星 男51歳
候補 評価 行数 評言
村田孝太郎
男(37歳)
7 「私は「鶏」をすいせんした。」「鶏の生活を深くたずねて行きつくところまで、眼と心を行き亙らしている。愉しい物語。そこに野心なく流麗素朴。」
男44歳
6 「歴史物として万遍なき道具立があり装いを凝らした作。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和16年/1941年3月号)
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芥川賞 13 昭和16年/1941年上半期   一覧へ
選評の概要 (座談会形式) 総行数29 (1行=26字)
選考委員 室生犀星 男51歳
候補 評価 行数 評言
阿部光子
女28歳
5 「後はすこし変だけれども、先のほうなら我慢できる。」「(引用者注:「長江デルタ」より)心理的にしっかりしていますよ。二段三段になっている、描写の構えが。」
男28歳
16 「上海のことを書くと膨れ上るけれども、人間のことは小さく書く、それで三つ(引用者注:「長江デルタ」「山彦」「下職人」)の中ではいいと思うのだけれども、飛びついていいと思うほどいいと思わんナ。」「(引用者注:選ぶとすれば)やはり時局的という言葉を使えば、「長江デルタ」だろうね。」
  「賞なしには賛成するナ。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和16年/1941年9月号)
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芥川賞 14 昭和16年/1941年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数25 (1行=26字)
選考委員 室生犀星 男52歳
候補 評価 行数 評言
水原吉郎
男33歳
17 「「火渦」「腕」は震災に材を得たもので一読先ず打つところがあった。」「私はたった川端君一人の賛成を得ただけで、この作品をすいせんした。」「水原君の作品の溷濁をいといながら、それに平凡な一読者として捲きこまれたという実際問題については、先ず当然私にあるべき筈の批判すら少時は持ちえなかったとしたら、委員として少々ぼんくらであると云わざるをえない。」
女27歳
4 「前半の正確な主格に於て、澄んだものすらあった。すくなくとも久米君のいう小説になっているところのものであり随筆的な水原君の作品とは、こういう意味でだんぜんちがうのかも知れない。」
  「私は私のすいせんするところの作品がいつも落ちてゆく姿を見るのも、私の不見識と否とにかかわらず、それがやっと私に与えられた役目であることもそろそろと遅蒔きながら感じることができるようになったのである。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和17年/1942年3月号)
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芥川賞 15 昭和17年/1942年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数7 (1行=26字)
選考委員 室生犀星 男53歳
候補 評価 行数 評言
中島敦
男33歳
1 「私は一票を投じた。」
  「授賞なしということになったが、授賞が得られなくとも、委員の問題となったのはこの二作品(引用者注:「松風」と「光と風と夢」)が主であった。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和17年/1942年9月号)
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芥川賞 16 昭和17年/1942年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数5 (1行=26字)
選考委員 室生犀星 男53歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
5 「候補作品中でも無難であった。この他には当選作はない。菊池君をのぞく諸家の説も悉く一致した。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和18年/1943年3月号)
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