第168回

第167回第169回

令和4年/2022年下半期 令和5年/2023年1月19日決定発表／『オール讀物』令和5年/2023年3・4月合併号選評掲載

選考委員　 浅田次郎 71歳 北方謙三 75歳 宮部みゆき 62歳 高村薫 69歳 伊集院静 72歳 三浦しをん 46歳 林真理子 68歳 角田光代 55歳 桐野夏生 71歳 選評総行数　 99 112 132 101 102 124 99 111 105 評 評 評 評 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 小川哲　『地図と拳』 1112枚 36歳 評 ○ 25 ○ 24 ○ 56 ○ 17 △ 39 ◎ 31 □ 25 ○ 36 ◎ 37 千早茜　『しろがねの葉』 550枚 43歳 評 △ 18 ○ 23 ○ 49 ○ 25 ○ 61 □ 36 ◎ 16 △ 31 ○ 22 一穂ミチ　『光のとこにいてね』 754枚 44歳 評 ■ 18 ■ 21 ■ 18 ● 15 ― 0 △ 22 ● 44 ■ 12 ■ 17 雫井脩介　『クロコダイル・ティアーズ』 579枚 54歳 評 ● 8 ■ 21 △ 26 ● 15 ― 0 ■ 19 ● 11 ■ 19 ■ 15 凪良ゆう　『汝、星のごとく』 648枚 49歳 評 ■ 12 ■ 14 ■ 22 ● 19 ― 0 ■ 16 ● 22 ■ 17 ■ 14                   年齢/枚数の説明   見方・注意点

浅田次郎71歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題テーマの所在　総行数99　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 小川哲 36歳 全 ○ 25 「近年の候補作の中では珍しく、というよりこのごろの小説には珍しく、明確なテーマに沿って書かれていた。」「地図や建築といった素朴で始源的な科学が、先進の科学たる戦争に巻き込まれた場合、どのようなドラマが想定できるのか、と解析するなら、本書は空想科学小説の骨格を備えているとも言える。」「すこぶる多彩な評価の可能な、堂々たる受賞であろう。」 千早茜 43歳 全 △ 18 「山奥の一場が舞台というのは長編小説としては離れ技で、それもていねいな風景描写と卓抜した人物描写があったればこそ可能であった。すなわち、作者はきわめて難しい小説を書いたのである。受賞作の二つにやや差をつけたのは、それぞれのテーマが持つ求心力の差であった。」 一穂ミチ 44歳 全 ■ 18 「二視点一人称を採用しているが、性格も生育環境もちがう二人の女性の精神性がなぜか同じなのである。この一点において物語の禁忌を踏んだと思えた。それでもあちこちに鏤められた作者の才気はまばゆいばかりであった。」 雫井脩介 54歳 全 ● 8 「サスペンス・ドラマの構造である。それは現代的な文学の手法としてはむろん可とするべきであるが、やはり本作に関してはあからさまに過ぎたと思えた。」 凪良ゆう 49歳 全 ■ 12 「二視点の一人称という構造が有効に機能しており、媚びず衒わず、神話的な美しい物語を成していた。ただし難を言うならば、苦労譚がいささか神聖に過ぎて現実味を欠いているように見えた。」   「小説にはテーマが必要である。主題もしくは基調となる考えがあってこそ、すぐれた物語は成立する。テーマなき小説はどれほど面白かろうと、野放図の感を禁じえない。」

他の選考委員 北方謙三 宮部みゆき 高村薫 伊集院静 三浦しをん 林真理子 角田光代 桐野夏生

北方謙三75歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題積極的二作　総行数112　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 小川哲 36歳 全 ○ 24 「満洲が描かれていて、一先行作品を思い浮かべたりしながら、読みはじめた。しかし、撃たれても死なない男が出てきたあたりで、小説性が全開になり、物語の坩堝に放りこまれた。面白い、というのが最も適当な感想である。」「満洲も時代も、ある面では小説の道具としてしまうほどの腕力は、圧巻ですらあった。」 千早茜 43歳 全 ○ 23 「前候補作と較べて、眼を瞠るような変貌を示していて、心が動かされた。これほど濃密な小説世界に入りこむと、ただ導かれるまま、心をふるわせるしかないのだ。」「小説の結末をどうつけるかという課題は残したが、全体としては迫力充分で、受賞に値すると私は思った。」 一穂ミチ 44歳 全 ■ 21 「冒頭の二人の少女の出会いは、秀逸であった。それぞれの母親のわけのわからない強烈さは、前半では無気味でさえある。しかし実相が判明してくると、この程度かと感じてしまうほどに、矮小化されてしまったと思う。」「この小説の評価は、結末の電車と車の疾走の部分に、共感できるかどうかで分かれるという気がした。私は、その部分が不要に浮いたと感じた。」 雫井脩介 54歳 全 ■ 21 「舅と嫁の関係性など、いささか古風な情念が漂うが、鎌倉とか陶磁器店とかが、背景としてよく似合っていた。ただ、殺人の設定が、やや安直な感じがした。」「私は、結末で真相が明確にならないことに、かなりの不満を抱いた。」 凪良ゆう 49歳 全 ■ 14 「随所に個性的な人間が現われ、人を描く視線は貫かれていた。それでも人の設定が、読者の想像を超えないというところがある。そして、結末は、どこか言葉の説明になってしまったと感じた。」   「この賞の選考に携わって、二十三年になる。退任することになったが、刺激的な歳月で、作家として貴重な体験をさせていただいたと思っている。」

他の選考委員 浅田次郎 宮部みゆき 高村薫 伊集院静 三浦しをん 林真理子 角田光代 桐野夏生

宮部みゆき62歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題大風呂敷と幻術　総行数132　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 小川哲 36歳 全 ○ 56 「最初の投票から満票を得た『地図と拳』には、選評でも様々な角度から最大の賛辞が寄せられることでしょう。」「分厚くて厳格で手強そうに見える『地図と拳』は、（引用者中略）好き勝手なキャスティングを楽しめるほどに、登場人物たちがキャラ立ちしているキャラクター小説でもあるのです。」 千早茜 43歳 全 ○ 49 「夜目が利くという異能を頼りに、非力な女の身で石見銀山の銀掘になろうとした少女ウメの物語なのですが、彼女が入り生き抜いてゆく「山の闇と間歩」がまず主人公であると言っていいでしょう。」「女性であるウメは、男たちと「山という女」の間で苦難にすりつぶされかけながらも、自身の命もまた胎闇の循環のなかにあることを悟っていく。そのプロセスが、千早さん本領発揮の幻惑的な文章で綴られています。」 一穂ミチ 44歳 全 ■ 18 「（引用者注：「汝、星のごとく」と共に）多感なころに出会った「運命の二人」のお話ということで、物語の構造が根本的に似ていました。（引用者中略）候補作の組み合わせが違っていたら、また別の評価があったのではないかと思います。」 雫井脩介 54歳 全 △ 26 「まずカタカナのタイトルで損をしていると感じました。」「選考会で、私はこの作品を「無自覚な犯罪者が無自覚だからこそしれっと成し遂げてしまった完全犯罪の話」と解釈して、他の委員の皆さんに驚かれました。」「想代子にまるっとしてやられる土岐屋吉平側の人びとにリアリティがあり、読んでいるうちに親近感を覚えてしまったので、ラストが本当に気の毒すぎてつらかった。」 凪良ゆう 49歳 全 ■ 22 「（引用者注：「汝、星のごとく」と共に）多感なころに出会った「運命の二人」のお話ということで、物語の構造が根本的に似ていました。（引用者中略）候補作の組み合わせが違っていたら、また別の評価があったのではないかと思います。」

他の選考委員 浅田次郎 北方謙三 高村薫 伊集院静 三浦しをん 林真理子 角田光代 桐野夏生

高村薫69歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数101　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 小川哲 36歳 全 ○ 17 「大量の歴史資料に基づいた大きな物語世界といい、硬軟とり混ぜた人間描写の軽快さといい、新味はどこにもないオーソドックスのなかのオーソドックスではあるが、エンターテインメントとして間然するところがない。」 千早茜 43歳 全 ○ 25 「もともと女性を描くことに長けている作者だが、銀山の歴史的伝承や銀掘りの作業の詳細など、多くの資料を読み込み、十分に消化した上でこなれた物語に仕上げているのは、まさしく小説の才であると同時に、テーマとの幸運な出会いというものだろう。銀を掘り出す坑道の圧倒的な暗さ、冷たさに作者が感応して初めて本ものの文体が生まれる。」 一穂ミチ 44歳 全 ● 15 「少女二人の出会いと交流だけが鮮やかで、家族や男性たちはみな顔がない。また、当の女二人の疑似恋愛的な交流のエピソードの一方で、人間の感情生活には立ち入らない。」 雫井脩介 54歳 全 ● 15 「オーナー一家が次々に破滅してゆく展開に続くのは、この嫁はいったい何者だったのかという種明かしでなく、自分には何の悪意も作為もなかったという嫁の視点の後日談である。奇をてらう余り、小説の着地点そのものが失われてしまっている。」 凪良ゆう 49歳 全 ● 19 「最初のシチュエーションからして、アニメ的なひな型そのものである。浮世離れした顔のない大人たちの修羅場や、それに振り回される等身大の若者たちの人生が、どこまでもひな型に留まっているのは、人間存在に言葉で分け入ってゆくような小説的意思を、作者が初めからもっていないからだろう。」   「今回の候補作は奇しくもオーソドックスと「今風」の双極の感があった。オーソドックスとは80年代以降に一世を風靡したエンターテインメント小説であり、「今風」とは近年豊かな物語性をもつようになったアニメとの境が溶け出している小説群のことである。」

他の選考委員 浅田次郎 北方謙三 宮部みゆき 伊集院静 三浦しをん 林真理子 角田光代 桐野夏生

伊集院静72歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数102　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 小川哲 36歳 全 △ 39 「タイトルが語っているように、氏の小説に対する実直さを感じた。」「作品の中心になっている満洲国については、今も日本人の幻想の国家として息づいていることへの配慮がこれでいいのかと思った。」「「燃える土」「燃えない土」という表現は大変に興味深かった。選考委員からこれほど多くの支持を得たのだから、何かがあるのだろう。」 千早茜 43歳 全 ○ 61 「戦国時代の石見とそこに生きる人々を丹念に描くことで、千早さんは日本という国と日本人を見つめようとしている。」「千早さんは少女から大人の女性へ、と女の一生を物語にしようとしなかったのも潔かった。日本文学には、土地土地の土着性を発見することで、日本という国の成り立ち方、そして日本人を描こうとする流れがある。そこに挑んだ作者の姿勢を認めたい。」 一穂ミチ 44歳 全 ― 0   雫井脩介 54歳 全 ― 0   凪良ゆう 49歳 全 ― 0

他の選考委員 浅田次郎 北方謙三 宮部みゆき 高村薫 三浦しをん 林真理子 角田光代 桐野夏生

三浦しをん46歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数124　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 小川哲 36歳 全 ◎ 31 「推した。」「戦争を知らない世代だからこそ、戦争の実相について考え、想像力を発揮することがいかに大切か、作者のなみなみならぬ覚悟を受け止めた。」「かといって、当然ながら説教でも教訓でもなく、読んでおもしろい小説なのが本作のいいところで、謎の格言やユーモアあふれる描写（「安井は両手が骨になるほど拍手をした」など）が随所にあり、爆笑した。（引用者中略）爆笑した直後、「つまり、かれらと私になにもちがいはないということだ」と自身を省みた。」 千早茜 43歳 全 □ 36 「冒頭と末尾の神話的語りをより響かせるために、主人公のウメがもう少しファンタジックに（本作が持つ小説本来の呪術性の方向へ）飛翔というか飛躍してもいい気がした」「だが、間歩の深い闇、銀山そのものがウメなのであり、その世界は決して狭くはないのだという選考委員のみなさまのご意見をうかがい、たしかにそのとおりだと得心した。」 一穂ミチ 44歳 全 △ 22 「登場人物たちのずるさや苦しみ、通じあえなさを微細かつ繊細に追求しつつ、実は情熱的かつ動的な小説であるところが、とてもいいと思った。」「ただ、二人の人物の交互視点の場合、語り（つまり、二者の性格）にいかにさりげなく、しかし明確な差違を持たせるかがむずかしいなとも思えて、強くは推しきれなかった。」 雫井脩介 54歳 全 ■ 19 「たとえ殺人事件は起きなくとも、こういった不信や齟齬はどんな人間関係にも生じうると実感できた。（ここからネタバレです）ただ、最後だけ三人称の視点人物が想代子になるのは、「信頼できない語り手」ということだとしても、想代子が語っていることが真相だとしても、うまく効果を発揮しきれていない気がした。」 凪良ゆう 49歳 全 ■ 16 「主人公二人の思い、考え、気持ちを文章で丁寧に明らかにしてくれるのだが、それゆえに、ちょっと行間（想像の余地）が少なすぎるのではないかと思った。」

他の選考委員 浅田次郎 北方謙三 宮部みゆき 高村薫 伊集院静 林真理子 角田光代 桐野夏生

林真理子68歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題好対照の二篇　総行数99　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 小川哲 36歳 全 □ 25 「鈍器本は魔力を持っていなくてはならない。読者を本の世界にひきずり込み、時間を忘れさせる。この本にはその魔力が薄かった。時々学術論文のような記述が入り、こちらを萎させる。そんなわけで満点は差し上げられなかったが、最後は賛成票を投じた。」 千早茜 43歳 全 ◎ 16 「最初から強く推した」「文章の美しさにまず魅了された。」「銀山には早死にする男たちばかりで女たちは三度夫を持つ、という設定も面白い。そうした中で彼女（引用者注：主人公）は、初めて山に入る女になる。この描写が素晴らしい。」 一穂ミチ 44歳 全 ● 44 「（引用者注：凪良ゆうの作品と）同じテイストを持っていたため脚をひっぱり合っていたような気がしてならない。」「「魂の双児」であった二人がめぐり合うのがテーマであろう。が、最後まで、「いったい何を欲して、いったい何に餓えているのか」という疑問がぬぐえなかった。」 雫井脩介 54歳 全 ● 11 「ミステリーではなく、心理小説として読むのだったらもっとじわじわと迫ってこなくてはならない。また嫁の行動に、主観を入れていくのは、あきらかに読者を誘導している。これはルール違反であろう。」 凪良ゆう 49歳 全 ● 22 「（引用者注：一穂ミチの作品と）同じテイストを持っていたため脚をひっぱり合っていたような気がしてならない。」「男性にだらしない母親、父親とその愛人と、登場人物がみなステレオタイプである。主人公の自立と再生の物語であるが、最後に共感を勝ち得るのには何かが足りない。」

他の選考委員 浅田次郎 北方謙三 宮部みゆき 高村薫 伊集院静 三浦しをん 角田光代 桐野夏生

角田光代55歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数111　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 小川哲 36歳 全 ○ 36 「圧倒された。」「小説が描き出すのは戦争の正体ではなく、そこに向かわざるを得ない時代と、その時代に生きる人々である。」「緻密なエピソードの集積を読むことは、見たことのない建築物ができあがるのを見守るような興奮があった。人の作り出すもっともうつくしきものともっとも醜いものを、非常にあたらしい手法で描き出した小説だと思う。」 千早茜 43歳 全 △ 31 「それ自体がいのちを宿しているような文章に引きこまれた。闇の描写も含め、読む側の五感を刺激する筆力は候補作のなかでも抜きん出ている。」「作者は、男たちを間歩の闇に閉じこめ離れさせないのと同様、ウメを「女」に閉じこめ、そこから逃がさない。だから読んでいて苦しいほどの窮屈さを感じるが、作者はむしろその窮屈を見据え書き続けることに挑んだのかもしれない。」 一穂ミチ 44歳 全 ■ 12 「まったく異なる環境で育った女性二人の差異が、後半につれてあまりなくなっていき、同じ感覚、同じ価値観、同じ言葉になっていくのが、この小説の力を弱めてしまったように思う。」 雫井脩介 54歳 全 ■ 19 「想代子の涙は本物だったのかという疑念によって、現実の見えかたがまるでかわっていくさまが、薄気味悪くも強い牽引力となって先を読ませるが、ラストで想代子の視点に転換してのち、何か肩透かしを食らったような気になってしまった。」 凪良ゆう 49歳 全 ■ 17 「東京と瀬戸内の島という場所は克明に描かれているが、小説のなかに流れる時間、時代が描かれておらず、それゆえに二人（引用者注：暁海と櫂）のありようや関係や、起きるいくつかの事件が、浮遊しているように感じられた。」

他の選考委員 浅田次郎 北方謙三 宮部みゆき 高村薫 伊集院静 三浦しをん 林真理子 桐野夏生

桐野夏生71歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数105　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 小川哲 36歳 全 ◎ 37 「架空の人物たちが織りなすエピソードが秀逸である。ガルシア＝マルケス風のトンデモな逸話があるかと思えば、オタクを極める人物もおり、純朴な少年の物語もある。大勢の登場人物のエピソードの集積が物語を作り、時代を、そして満洲という土地の魔力をも語ってゆく。」「冒頭に登場する高木と通訳の細川、ロシア人宣教師のクラスニコフと通訳の林が「倫理」ともいうべき柱となることで背骨が通り、物語はさらに力強さを増した。圧倒的傑作である。」 千早茜 43歳 全 ○ 22 「この作品の優れた点は、登場人物たちが物語の中で勝手に生きていることにある。つまり、物語のためにわざわざ作り出された人物がいない。それが物語世界をリアルに息づかせている。」「さらに、作者は銀山という場所の官能性をもうまく描いている。（引用者中略）銀山が女の隠喩と考えれば、悲しい物語である。」 一穂ミチ 44歳 全 ■ 17 「後半に無理が生じているのではないだろうか。二人（引用者注：果遠と結珠）を取り巻く人間関係があまり描かれていないことに原因がありそうだ。」「二人の夫や父親との関係も描かれていないので、彼女たちの関係性にリアリティが感じられない。」 雫井脩介 54歳 全 ■ 15 「やや無理に話を作っているきらいがある。」「疑いを助長するように書き過ぎなければ、面白い心理小説になったのでは、と思う。」 凪良ゆう 49歳 全 ■ 14 「シングルマザー、子供への虐待、ヤングケアラー、ＬＧＢＴＱ。今現在の問題が盛りだくさんで読み応えはあるものの、それぞれの問題を抱えた登場人物が、主人公たちの重荷を説明する形になっているのが気になる。」「やや古風な恋愛小説だけれど、好感は持てた。」

他の選考委員 浅田次郎 北方謙三 宮部みゆき 高村薫 伊集院静 三浦しをん 林真理子 角田光代

小川哲36歳×各選考委員　 『地図と拳』 長篇 1112枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 71歳 全 ○ 25 「近年の候補作の中では珍しく、というよりこのごろの小説には珍しく、明確なテーマに沿って書かれていた。」「地図や建築といった素朴で始源的な科学が、先進の科学たる戦争に巻き込まれた場合、どのようなドラマが想定できるのか、と解析するなら、本書は空想科学小説の骨格を備えているとも言える。」「すこぶる多彩な評価の可能な、堂々たる受賞であろう。」 北方謙三 75歳 全 ○ 24 「満洲が描かれていて、一先行作品を思い浮かべたりしながら、読みはじめた。しかし、撃たれても死なない男が出てきたあたりで、小説性が全開になり、物語の坩堝に放りこまれた。面白い、というのが最も適当な感想である。」「満洲も時代も、ある面では小説の道具としてしまうほどの腕力は、圧巻ですらあった。」 宮部みゆき 62歳 全 ○ 56 「最初の投票から満票を得た『地図と拳』には、選評でも様々な角度から最大の賛辞が寄せられることでしょう。」「分厚くて厳格で手強そうに見える『地図と拳』は、（引用者中略）好き勝手なキャスティングを楽しめるほどに、登場人物たちがキャラ立ちしているキャラクター小説でもあるのです。」 高村薫 69歳 全 ○ 17 「大量の歴史資料に基づいた大きな物語世界といい、硬軟とり混ぜた人間描写の軽快さといい、新味はどこにもないオーソドックスのなかのオーソドックスではあるが、エンターテインメントとして間然するところがない。」 伊集院静 72歳 全 △ 39 「タイトルが語っているように、氏の小説に対する実直さを感じた。」「作品の中心になっている満洲国については、今も日本人の幻想の国家として息づいていることへの配慮がこれでいいのかと思った。」「「燃える土」「燃えない土」という表現は大変に興味深かった。選考委員からこれほど多くの支持を得たのだから、何かがあるのだろう。」 三浦しをん 46歳 全 ◎ 31 「推した。」「戦争を知らない世代だからこそ、戦争の実相について考え、想像力を発揮することがいかに大切か、作者のなみなみならぬ覚悟を受け止めた。」「かといって、当然ながら説教でも教訓でもなく、読んでおもしろい小説なのが本作のいいところで、謎の格言やユーモアあふれる描写（「安井は両手が骨になるほど拍手をした」など）が随所にあり、爆笑した。（引用者中略）爆笑した直後、「つまり、かれらと私になにもちがいはないということだ」と自身を省みた。」 林真理子 68歳 全 □ 25 「鈍器本は魔力を持っていなくてはならない。読者を本の世界にひきずり込み、時間を忘れさせる。この本にはその魔力が薄かった。時々学術論文のような記述が入り、こちらを萎させる。そんなわけで満点は差し上げられなかったが、最後は賛成票を投じた。」 角田光代 55歳 全 ○ 36 「圧倒された。」「小説が描き出すのは戦争の正体ではなく、そこに向かわざるを得ない時代と、その時代に生きる人々である。」「緻密なエピソードの集積を読むことは、見たことのない建築物ができあがるのを見守るような興奮があった。人の作り出すもっともうつくしきものともっとも醜いものを、非常にあたらしい手法で描き出した小説だと思う。」 桐野夏生 71歳 全 ◎ 37 「架空の人物たちが織りなすエピソードが秀逸である。ガルシア＝マルケス風のトンデモな逸話があるかと思えば、オタクを極める人物もおり、純朴な少年の物語もある。大勢の登場人物のエピソードの集積が物語を作り、時代を、そして満洲という土地の魔力をも語ってゆく。」「冒頭に登場する高木と通訳の細川、ロシア人宣教師のクラスニコフと通訳の林が「倫理」ともいうべき柱となることで背骨が通り、物語はさらに力強さを増した。圧倒的傑作である。」

他の候補作 千早茜 『しろがねの葉』 一穂ミチ 『光のとこにいてね』 雫井脩介 『クロコダイル・ティアーズ』 凪良ゆう 『汝、星のごとく』

千早茜43歳×各選考委員　 『しろがねの葉』 長篇 550枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 71歳 全 △ 18 「山奥の一場が舞台というのは長編小説としては離れ技で、それもていねいな風景描写と卓抜した人物描写があったればこそ可能であった。すなわち、作者はきわめて難しい小説を書いたのである。受賞作の二つにやや差をつけたのは、それぞれのテーマが持つ求心力の差であった。」 北方謙三 75歳 全 ○ 23 「前候補作と較べて、眼を瞠るような変貌を示していて、心が動かされた。これほど濃密な小説世界に入りこむと、ただ導かれるまま、心をふるわせるしかないのだ。」「小説の結末をどうつけるかという課題は残したが、全体としては迫力充分で、受賞に値すると私は思った。」 宮部みゆき 62歳 全 ○ 49 「夜目が利くという異能を頼りに、非力な女の身で石見銀山の銀掘になろうとした少女ウメの物語なのですが、彼女が入り生き抜いてゆく「山の闇と間歩」がまず主人公であると言っていいでしょう。」「女性であるウメは、男たちと「山という女」の間で苦難にすりつぶされかけながらも、自身の命もまた胎闇の循環のなかにあることを悟っていく。そのプロセスが、千早さん本領発揮の幻惑的な文章で綴られています。」 高村薫 69歳 全 ○ 25 「もともと女性を描くことに長けている作者だが、銀山の歴史的伝承や銀掘りの作業の詳細など、多くの資料を読み込み、十分に消化した上でこなれた物語に仕上げているのは、まさしく小説の才であると同時に、テーマとの幸運な出会いというものだろう。銀を掘り出す坑道の圧倒的な暗さ、冷たさに作者が感応して初めて本ものの文体が生まれる。」 伊集院静 72歳 全 ○ 61 「戦国時代の石見とそこに生きる人々を丹念に描くことで、千早さんは日本という国と日本人を見つめようとしている。」「千早さんは少女から大人の女性へ、と女の一生を物語にしようとしなかったのも潔かった。日本文学には、土地土地の土着性を発見することで、日本という国の成り立ち方、そして日本人を描こうとする流れがある。そこに挑んだ作者の姿勢を認めたい。」 三浦しをん 46歳 全 □ 36 「冒頭と末尾の神話的語りをより響かせるために、主人公のウメがもう少しファンタジックに（本作が持つ小説本来の呪術性の方向へ）飛翔というか飛躍してもいい気がした」「だが、間歩の深い闇、銀山そのものがウメなのであり、その世界は決して狭くはないのだという選考委員のみなさまのご意見をうかがい、たしかにそのとおりだと得心した。」 林真理子 68歳 全 ◎ 16 「最初から強く推した」「文章の美しさにまず魅了された。」「銀山には早死にする男たちばかりで女たちは三度夫を持つ、という設定も面白い。そうした中で彼女（引用者注：主人公）は、初めて山に入る女になる。この描写が素晴らしい。」 角田光代 55歳 全 △ 31 「それ自体がいのちを宿しているような文章に引きこまれた。闇の描写も含め、読む側の五感を刺激する筆力は候補作のなかでも抜きん出ている。」「作者は、男たちを間歩の闇に閉じこめ離れさせないのと同様、ウメを「女」に閉じこめ、そこから逃がさない。だから読んでいて苦しいほどの窮屈さを感じるが、作者はむしろその窮屈を見据え書き続けることに挑んだのかもしれない。」 桐野夏生 71歳 全 ○ 22 「この作品の優れた点は、登場人物たちが物語の中で勝手に生きていることにある。つまり、物語のためにわざわざ作り出された人物がいない。それが物語世界をリアルに息づかせている。」「さらに、作者は銀山という場所の官能性をもうまく描いている。（引用者中略）銀山が女の隠喩と考えれば、悲しい物語である。」

他の候補作 小川哲 『地図と拳』 一穂ミチ 『光のとこにいてね』 雫井脩介 『クロコダイル・ティアーズ』 凪良ゆう 『汝、星のごとく』

一穂ミチ44歳×各選考委員　 『光のとこにいてね』 長篇 754枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 71歳 全 ■ 18 「二視点一人称を採用しているが、性格も生育環境もちがう二人の女性の精神性がなぜか同じなのである。この一点において物語の禁忌を踏んだと思えた。それでもあちこちに鏤められた作者の才気はまばゆいばかりであった。」 北方謙三 75歳 全 ■ 21 「冒頭の二人の少女の出会いは、秀逸であった。それぞれの母親のわけのわからない強烈さは、前半では無気味でさえある。しかし実相が判明してくると、この程度かと感じてしまうほどに、矮小化されてしまったと思う。」「この小説の評価は、結末の電車と車の疾走の部分に、共感できるかどうかで分かれるという気がした。私は、その部分が不要に浮いたと感じた。」 宮部みゆき 62歳 全 ■ 18 「（引用者注：「汝、星のごとく」と共に）多感なころに出会った「運命の二人」のお話ということで、物語の構造が根本的に似ていました。（引用者中略）候補作の組み合わせが違っていたら、また別の評価があったのではないかと思います。」 高村薫 69歳 全 ● 15 「少女二人の出会いと交流だけが鮮やかで、家族や男性たちはみな顔がない。また、当の女二人の疑似恋愛的な交流のエピソードの一方で、人間の感情生活には立ち入らない。」 伊集院静 72歳 全 ― 0   三浦しをん 46歳 全 △ 22 「登場人物たちのずるさや苦しみ、通じあえなさを微細かつ繊細に追求しつつ、実は情熱的かつ動的な小説であるところが、とてもいいと思った。」「ただ、二人の人物の交互視点の場合、語り（つまり、二者の性格）にいかにさりげなく、しかし明確な差違を持たせるかがむずかしいなとも思えて、強くは推しきれなかった。」 林真理子 68歳 全 ● 44 「（引用者注：凪良ゆうの作品と）同じテイストを持っていたため脚をひっぱり合っていたような気がしてならない。」「「魂の双児」であった二人がめぐり合うのがテーマであろう。が、最後まで、「いったい何を欲して、いったい何に餓えているのか」という疑問がぬぐえなかった。」 角田光代 55歳 全 ■ 12 「まったく異なる環境で育った女性二人の差異が、後半につれてあまりなくなっていき、同じ感覚、同じ価値観、同じ言葉になっていくのが、この小説の力を弱めてしまったように思う。」 桐野夏生 71歳 全 ■ 17 「後半に無理が生じているのではないだろうか。二人（引用者注：果遠と結珠）を取り巻く人間関係があまり描かれていないことに原因がありそうだ。」「二人の夫や父親との関係も描かれていないので、彼女たちの関係性にリアリティが感じられない。」

他の候補作 小川哲 『地図と拳』 千早茜 『しろがねの葉』 雫井脩介 『クロコダイル・ティアーズ』 凪良ゆう 『汝、星のごとく』

雫井脩介54歳×各選考委員　 『クロコダイル・ティアーズ』 長篇 579枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 71歳 全 ● 8 「サスペンス・ドラマの構造である。それは現代的な文学の手法としてはむろん可とするべきであるが、やはり本作に関してはあからさまに過ぎたと思えた。」 北方謙三 75歳 全 ■ 21 「舅と嫁の関係性など、いささか古風な情念が漂うが、鎌倉とか陶磁器店とかが、背景としてよく似合っていた。ただ、殺人の設定が、やや安直な感じがした。」「私は、結末で真相が明確にならないことに、かなりの不満を抱いた。」 宮部みゆき 62歳 全 △ 26 「まずカタカナのタイトルで損をしていると感じました。」「選考会で、私はこの作品を「無自覚な犯罪者が無自覚だからこそしれっと成し遂げてしまった完全犯罪の話」と解釈して、他の委員の皆さんに驚かれました。」「想代子にまるっとしてやられる土岐屋吉平側の人びとにリアリティがあり、読んでいるうちに親近感を覚えてしまったので、ラストが本当に気の毒すぎてつらかった。」 高村薫 69歳 全 ● 15 「オーナー一家が次々に破滅してゆく展開に続くのは、この嫁はいったい何者だったのかという種明かしでなく、自分には何の悪意も作為もなかったという嫁の視点の後日談である。奇をてらう余り、小説の着地点そのものが失われてしまっている。」 伊集院静 72歳 全 ― 0   三浦しをん 46歳 全 ■ 19 「たとえ殺人事件は起きなくとも、こういった不信や齟齬はどんな人間関係にも生じうると実感できた。（ここからネタバレです）ただ、最後だけ三人称の視点人物が想代子になるのは、「信頼できない語り手」ということだとしても、想代子が語っていることが真相だとしても、うまく効果を発揮しきれていない気がした。」 林真理子 68歳 全 ● 11 「ミステリーではなく、心理小説として読むのだったらもっとじわじわと迫ってこなくてはならない。また嫁の行動に、主観を入れていくのは、あきらかに読者を誘導している。これはルール違反であろう。」 角田光代 55歳 全 ■ 19 「想代子の涙は本物だったのかという疑念によって、現実の見えかたがまるでかわっていくさまが、薄気味悪くも強い牽引力となって先を読ませるが、ラストで想代子の視点に転換してのち、何か肩透かしを食らったような気になってしまった。」 桐野夏生 71歳 全 ■ 15 「やや無理に話を作っているきらいがある。」「疑いを助長するように書き過ぎなければ、面白い心理小説になったのでは、と思う。」

他の候補作 小川哲 『地図と拳』 千早茜 『しろがねの葉』 一穂ミチ 『光のとこにいてね』 凪良ゆう 『汝、星のごとく』

凪良ゆう49歳×各選考委員　 『汝、星のごとく』 長篇 648枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 71歳 全 ■ 12 「二視点の一人称という構造が有効に機能しており、媚びず衒わず、神話的な美しい物語を成していた。ただし難を言うならば、苦労譚がいささか神聖に過ぎて現実味を欠いているように見えた。」 北方謙三 75歳 全 ■ 14 「随所に個性的な人間が現われ、人を描く視線は貫かれていた。それでも人の設定が、読者の想像を超えないというところがある。そして、結末は、どこか言葉の説明になってしまったと感じた。」 宮部みゆき 62歳 全 ■ 22 「（引用者注：「汝、星のごとく」と共に）多感なころに出会った「運命の二人」のお話ということで、物語の構造が根本的に似ていました。（引用者中略）候補作の組み合わせが違っていたら、また別の評価があったのではないかと思います。」 高村薫 69歳 全 ● 19 「最初のシチュエーションからして、アニメ的なひな型そのものである。浮世離れした顔のない大人たちの修羅場や、それに振り回される等身大の若者たちの人生が、どこまでもひな型に留まっているのは、人間存在に言葉で分け入ってゆくような小説的意思を、作者が初めからもっていないからだろう。」 伊集院静 72歳 全 ― 0   三浦しをん 46歳 全 ■ 16 「主人公二人の思い、考え、気持ちを文章で丁寧に明らかにしてくれるのだが、それゆえに、ちょっと行間（想像の余地）が少なすぎるのではないかと思った。」 林真理子 68歳 全 ● 22 「（引用者注：一穂ミチの作品と）同じテイストを持っていたため脚をひっぱり合っていたような気がしてならない。」「男性にだらしない母親、父親とその愛人と、登場人物がみなステレオタイプである。主人公の自立と再生の物語であるが、最後に共感を勝ち得るのには何かが足りない。」 角田光代 55歳 全 ■ 17 「東京と瀬戸内の島という場所は克明に描かれているが、小説のなかに流れる時間、時代が描かれておらず、それゆえに二人（引用者注：暁海と櫂）のありようや関係や、起きるいくつかの事件が、浮遊しているように感じられた。」 桐野夏生 71歳 全 ■ 14 「シングルマザー、子供への虐待、ヤングケアラー、ＬＧＢＴＱ。今現在の問題が盛りだくさんで読み応えはあるものの、それぞれの問題を抱えた登場人物が、主人公たちの重荷を説明する形になっているのが気になる。」「やや古風な恋愛小説だけれど、好感は持てた。」

他の候補作 小川哲 『地図と拳』 千早茜 『しろがねの葉』 一穂ミチ 『光のとこにいてね』 雫井脩介 『クロコダイル・ティアーズ』