選評の概要
147. 148. 149. 150.151. 152. 153. 154. 155.
156. 157. 158. 159. 160.
161. 162. 163. 164. 165.
166. 167. 168. 169. 170.
171.
生没年月日【注】 | 昭和31年/1956年2月6日~ | |
在任期間 | 第147回~(通算12.5年・25回) | |
在任年齢 | 56歳4ヶ月~ | |
経歴 | 本名=奥泉康弘。山形県東田川郡三川町生まれ、埼玉県所沢市育ち。国際基督教大学人文科学科卒、同大学院比較文化研究科博士前期課程修了。 | |
受賞歴・候補歴 |
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芥川賞候補歴 | 第103回候補 「滝」(『すばる』平成2年/1990年4月号) 第106回候補 「暴力の舟」(『すばる』平成3年/1991年11月号) 第108回候補 「三つ目の鯰」(『文學界』平成4年/1992年12月号) 第110回受賞 「石の来歴」(『文學界』平成5年/1993年12月号) |
下記の選評の概要には、評価として◎か○をつけたもの(見方・注意点を参照)、または受賞作に対するもののみ抜粋しました。さらにくわしい情報は、各回の「この回の全概要」をクリックしてご覧ください。
選考委員 奥泉光 56歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
山下澄人 | 46歳 |
○ | 25 | 「候補作で一番推したいと考えた」「小説ならではの自由な時間処理を前提に、語る「わたし」と語られる「わたし」が分裂し、複層化していくメタフィクションで、明瞭な方法意識がスリリングなテクストを生み出している。だが、一点において、自分はこの作品を推しきれなかった。というのは、小説中で中心的な役割を果たす「ギッちょん」なる人物の造形に、身体的な欠損を導入している点である。」 |
35歳 |
△ | 15 | 「主人公の母親の虚栄の象徴であった高級リゾートホテルが一泊五千円の区の保養所に落ちぶれ、そこを主人公が訪れるという物語の作りに強烈なアイロニーが宿って、力強い言葉の動きとともに、精彩のある一篇として結実している。」 | |
「今回から選考に加わることになって、自分が立てた方針は、方法意識に貫かれた、小説らしい企みのある作品を推していきたいというもので、ただし、方法しかないものはやはり詰まらぬわけで、だから結局は、方法と物語とがせめぎあい、ぶつかりあうところに生じる熱度の高いものを選ぶ、ということになるだろう。」 | ||||
選評出典:『文藝春秋』平成24年/2012年9月号 |
選考委員 奥泉光 57歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
いとうせいこう | 52歳 |
○ | 27 | 「模倣とパロディーを本質とする小説なるジャンルの伝統に忠実な作品といってよいだろう。」「「二代目後藤明生」を自称するいとう氏が、強い方法意識をもって作り出した、さまざまな逸脱を孕みつつ運動する一篇は高い水準を示して、エンターテイメント小説を含め頽落したリアリズムが支配的な日本語の文学界に活性を与えるものであり、受賞作にふさわしいと自分は考えた。」 |
30歳 |
□ | 26 | 「(引用者注:「コルバトントリ」と共に)推してもよいと考えて自分は選考会に臨んだ。」「「不思議の国のアリス」を導きの糸にして呼び込まれる幻想の物語が小説世界を巧みに彩り、細部へ行き届いた筆の運びとあいまって深い印象を残す。さりげないけれど、高い言葉の技術がここにはあって、堅固でしなやかな構築物の手触りを残す。」 | |
「魅力ある作品が候補作に並び、意見が割れたこともあって、議論にはだいぶ時間がかかった。会場の新喜楽では、選考しながら食事が供されるのだけれど、あまり食べた気がしないのはいつものこと、しかし今回は何が料理に出たのかすらよく覚えていないのはやや残念である。」 | ||||
選評出典:『文藝春秋』平成26年/2014年3月号 |
選考委員 奥泉光 58歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
横山悠太 | 32歳 |
◎ | 25 | 「最初の投票で○を付した」「いまある言語の外へ逸脱していく言葉の運動性には文学の名がふさわしくもある。選考会では、物語内容が物足りないとの声があって、たしかに企みが引き寄せずにはおかぬ虚構の動きがもっとあってよいはずで、その点に弱さはある。が、とにかくこの徹底ぶり(さらなる徹底を!)は評価できると考えた。」 |
40歳 |
■ | 15 | 「(引用者注:「どろにやいと」と共に)作品の狙いは或る程度理解できたものの、当の狙いがいまひとつ実現できていない印象をもった。結果、両作者の力量は十分に認めながらも、作品の面白さは掴み損ねた。」 | |
「芥川賞選考会は、明文化されていたりするわけではないけれど、「過半数」の賛成があった作品が受賞という、そこはかとない取り決めの下、進められる。」「今回は、「どろにやいと」「メタモルフォシス」「春の庭」の三作品が、この基準点を巡って最後まで争う展開となり、選考にはやや時間がかかった。」 | ||||
選評出典:『文藝春秋』平成26年/2014年9月号 |
選考委員 奥泉光 59歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
滝口悠生 | 32歳 |
◎ | 20 | 「推した」「過去の出来事を、ノスタルジーの滑らかな物語に回収せず、出来事と主人公の不安定な距離のなかに浮遊させることで、時間のたしかな手触りを生み出すことに成功している。」「奥行きのある時空のなかで「青春」をかたる方法には刺激を受けた。」 |
29歳 |
□ | 14 | 「方法的なスリルはない単線的な小説で、である以上は、素朴に心を揺さぶるような展開や描写がもっと欲しいとは思ったものの、受賞作に、との声には反対しなかった。」 | |
35歳 |
■ | 24 | 「二人のやりとりと状況説明が交互に現れる叙述はやや平板だ。」「叙情的な描写はあるものの、「小説」であろうとするあまり、笑芸を目指す若者たちの心情の核への掘り下げがなく、何か肝心のところが描かれていない印象をもった。作者の力量は認めつつも、選考会では自分は受賞とすることに反対した」 | |
選評出典:『文藝春秋』平成27年/2015年9月号 |
選考委員 奥泉光 61歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
温又柔 | 37歳 |
○ | 37 | 「よくある「留学もの」小説のようにも見えるが、母語とは何であるかの問いが正面から追究され、言語の歴史性の一断面が切りとられる一篇は、多くの日本語話者の抱く、母語としての日本語の「不動性」にゆさぶりをかけてくる。」「計算された言葉の配置が魅力的なテクストに結実している。」「平板なのはたしかで、しかし物語の平板さ、ある種の甘さは、語り手の品の良さと裏腹だと思われたものの、賛同を得るにはいたらなかった。」 |
38歳 |
■ | 17 | 「どこかハードボイルドふうの味わいのある作品で、描写に安定があって、なるほど気持ちよく読めた。が、短い。これは序章であって、ここから日浅と云う謎の男を追う主人公の物語がはじまるのでないかとの印象を持った。」 | |
「今回の選考会では、今村夏子氏「星の子」と沼田真佑氏「影裏」の二作品が残り、最後の投票で過半数を超えた「影裏」が受賞作に決まる展開となったが、自分はむしろ残りの二作を評価していたので、サッカーで云えば「消えている」時間帯が長かった。」 | ||||
選評出典:『文藝春秋』平成29年/2017年9月号 |
選考委員 奥泉光 62歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
町屋良平 | 34歳 |
◎ | 23 | 「一番推した」「「かれ」と表記される主人公を中心に、複数の人物へ視点が移り変わる「多元」の技法を使うことで、高校生の世代の人たちの世界感覚、時間の移ろいが、たしかな手触りとともに定着されている。」「平凡な人たちを平凡なままに輝かせることは、近代以降の小説のひとつの課題であるが、その課題に応えうる方法の可能性を自分は感じた。」 |
38歳 |
□ | 22 | 「高橋弘希氏は、二十世紀零年代に成立した日本語のリアリズムの技法・文体をわがものとして、描写、説明のバランスを的確にとりながら奥行きある小説世界を構築できる力量の持ち主であり、「送り火」は、一見はのどかな地方の時間の流れのなかに悪意と暴力がじわり染み出てくる構成も巧みで、選考会ではすんなり授賞が決まった。自分も異存はない。」 | |
選評出典:『文藝春秋』平成30年/2018年9月号 |
選考委員 奥泉光 63歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
古市憲寿 | 34歳 |
◎ | 21 | 「今回自分が一番推したのは、古市憲寿氏の「百の夜は跳ねて」だったが、選考会の場で評価する声はほとんど聞かれず、だいぶ弱った。」「外にあるさまざまな言葉をコラージュして小説を作る作者の方向を、小説とは元来そういうものであると考える自分は肯定的に捉えた。」 |
39歳 |
□ | 24 | 「「わたし」の異様な行動の奥から浮かび上がる何か――直接には書かれぬそれを、小説が端正であるだけに、自分はうまく捉えられず、むしろ「わたし」の奇矯なふるまいを描く場面を増やしてもっと笑わせて欲しかった、などと、ないものねだり的に考えたりもしたのだけれど、作者の力量に対する評価は変わらなかった。」 | |
選評出典:『文藝春秋』令和1年/2019年9月号 |
選考委員 奥泉光 64歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
石原燃 | 48歳 |
◎ | 12 | 「今回自分は一番推した。こうした人生模様をリアリズムで描く作品は自分の好みではないが、時間処理の工夫をはじめ、複数の人生を立体的に描き出そうとする意欲を評価した。」 |
45歳 |
□ | 18 | 「世界のあらゆる事象が、どんなに詰まらなく見えるものであれ、かならず存在の痕跡を残すのだとの思いが細部から匂い立つ。複数のエピソードの有機的なつながりが掴みにくく、それらを包みこむのであろう沖縄の舞台設定がいまひとつ効果を発揮していないなどの不満はあるものの、受賞作にふさわしい佳篇だと評価した。」 | |
28歳 |
■ | 13 | 「主人公は「欠落」を抱えた人間である。だからこそかれは世間の通念に過剰に従おうとするので、そのアイロニーが笑いを生んでおもしろい。が、かれの「欠落」とは、しかしいったい何なのかと、思考を誘う力が弱い感じがした。」 | |
「新型コロナ感染症拡大下の選考会は、座席のあいだにアクリル板を立てたり、リモート参加する委員があったりと、通常とはやや異なる形で行われたが、議論はほぼいつもどおりに進行した。」 | ||||
選評出典:『文藝春秋』令和2年/2020年9月号 |
選考委員 奥泉光 64歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
砂川文次 | 30歳 |
○ | 36 | 「自分が一番注目し、また推したい作品だった。」「政治状況がどうあろうが、戦争の意味がなんだろうが、戦う義務があるから戦うのだと思い定め――というほどの決意もないまま、演習の延長のような形で凄惨な戦いに突入する職業的兵士の姿は、われわれの日常に対する高い批評性を放つ。だが、自分が本作を推しきれなかったのは、戦闘場面や兵士の心理の描出に驚きが少なかったせいだ。」 |
21歳 |
□ | 17 | 「本作の受賞に異存はなかった。欠落を抱えた主人公がアイドルを徹底して「推す」ことで自己の発見に至る物語――最後「推し」が芸能界を去ってしまい、アイドルとしては死んだ彼の「骨」を主人公が拾うまでの物語は、定型的ともいえるが、ひとりの人間の生の形を描ききったと、いささか古風な文句でもって評したくなった。」 | |
「今回の選考会では、九人の委員中、自分を含め五人がリモートで参加する変則的な形になったが、最初の段階で、受賞作となった宇佐見りん「推し、燃ゆ」に票が集まったこともあり、比較的スムーズに進行した。」 | ||||
選評出典:『文藝春秋』令和3年/2021年3月号 |
選考委員 奥泉光 67歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
石田夏穂 | 31歳 |
○ | 16 | 「綿密な取材を重ねた上での、溶接作業の、それこそ職人技的描出の徹底が魅力あるテクストとなって結実した。主人公への視点の密着がやや息苦しく、かたりがもっと揺れ動くグルーヴが欲しいとも思ったが、それはまた別の作品になるだろう。」 |
乗代雄介 | 37歳 |
○ | 17 | 「(引用者注:「我が手の太陽」と共に)高く評価した。」「話の中身も、最初はばらばらだった人物らが、行為を通じて「結束」していく喜劇(ルビ:コメディ)の構造を踏襲して過不足ない。物語の持つ陳腐さを恐れず、エンターテインメントの技法を駆使してプロットを構成する技術は高い。」 |
43歳 |
□ | 25 | 「技術的配慮を超えたところで、力なるテクストとして屹立しているのはたしかで、本作の受賞には全く異論はない。」「たとえば、唐突に旧約聖書「エゼキエル書」からの引用が置かれて、これははずした方がよいのではと、テクストの均整の点からは考えられそうだけれど、作者には置くべきとの判断があったに違いなく、そうした直感に身を委ねて魅力あるテクストを紡ぎ出す作者の才には特別のものがあるのかもしれない。」 | |
「このところの東京の夏は異様に暑いわけで、選考会のあった日も朝から不快な蒸し暑さだった。」「小説作りの技術的配慮の点で優れたものをと思い選考会に臨んだ。」 | ||||
選評出典:『文藝春秋』令和5年/2023年9月号 |