選評の概要
88. 89. 90.91. 92. 93. 94. 95.
96. 97. 98. 99. 100.
101. 102. 103. 104. 105.
106. 107. 108. 109. 110.
111. 112. 113. 114. 115.
116. 117. 118. 119. 120.
121. 122. 123. 124. 125.
126. 127. 128. 129. 130.
131. 132. 133. 134. 135.
136. 137. 138. 139. 140.
141. 142.
生没年月日【注】 | 昭和9年/1934年11月16日~平成22年/2010年4月9日 | |
在任期間 | 第88回~第142回(通算27.5年・55回) | |
在任年齢 | 48歳1ヶ月~75歳1ヶ月 | |
経歴 | 本名=井上廈(イノウエ・ヒサシ)。山形県生まれ。上智大学文学部卒。 | |
受賞歴・候補歴 |
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直木賞候補歴 | 第67回受賞 「手鎖心中」(『別冊文藝春秋』119号[昭和47年/1972年3月]) |
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サイト内リンク | ▼直木賞受賞作全作読破への道Part3 |
下記の選評の概要には、評価として◎か○をつけたもの(見方・注意点を参照)、または受賞作に対するもののみ抜粋しました。さらにくわしい情報は、各回の「この回の全概要」をクリックしてご覧ください。
選考委員 井上ひさし 48歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
赤瀬川隼 | 51歳 |
◎ | 33 | 「文章は平明な上に心象を捕まえる力が強く、しかも一人よがりの飾りもなく、一等賞だと思います。」「作者の世代にとって野球と平等主義とは一対をなすものであったにちがいなく、たとえ片腕を失おうとも、このゲームの善き平等主義をどこかで支えようという意地は失っていないぞ、と低い声でであるが、たしかにうたっているところに、さわやかな感動をおぼえました。」 |
「かねてから、「娯楽小説の大切な部分が、他から掠奪されつづけている」という感想を抱いています。」「いずれにせよ言葉、文、文章が大事。」 | ||||
選評出典:『オール讀物』昭和58年/1983年4月号 |
選考委員 井上ひさし 48歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
連城三紀彦 | 35歳 |
◎ | 20 | 「もっとも気に入った」「作者の作風の変化は、わたしには好ましくおもわれた。」「この作品では、トリックは低みから、武骨で(原文傍点)善良な老女の人柄から発せられている。このトリックの仕掛け方がじつにトリッキイであって、作品は厚みをもった。」 |
北方謙三 | 35歳 |
◎ | 20 | 「もっとも気に入った」「平明で速度感のある文体のせいで、彼(引用者注:主人公)の感慨には読者を吸い寄せる力がある。ただ結末が悲劇で終るのは「切ない」気もするが、とにかくこの作者の才能には敬意をもつ。」 |
58歳 |
○ | 21 | 「主人公がいくら単純でも無邪気でもかまわないが、それを見つめている作者に、主人公を戦場へ引きずり出した国家や、主人公にこれほどの苦しみを強いる戦争に対する勘考がほとんどない。このことにかすかに不審の念をいだいた。ただしこの気持は、作者の物語づくりにかける執念に圧倒されて、ときおりどこかへ消え去ってしまうのであるが。」 | |
山口洋子 | 46歳 |
○ | 11 | 「むやみにうまい。女主人公をみつめる作者の目は、鋭さとあたたかさの両極を持ち合せており、うまさはそこから発しているようである。」 |
選評出典:『オール讀物』昭和58年/1983年10月号 |
選考委員 井上ひさし 49歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
36歳 |
◎ | 11 | 「まさにそのような文章(引用者注:伝達力があって、表現そのものとしても魅力がある文章)で書かれています。しかも物語は、人間心理への深い洞察に支えられていて、新鮮です。」 | |
47歳 |
○ | 15 | 「素朴すぎるほど素朴な文章で、癖のないのが癖、とでもいったような不思議な味わいがあります。」「どうしてその芸が観客の拍手を得ることができたのか、小説の読者にはよくわからないところに強い不満をおぼえました。けれどもいくつかの感動的な人生断片が最後にその不満を退けてしまいました。」 | |
山口洋子 | 47歳 |
○ | 12 | 「伝達と表現という二つの文章条件を満足させています。」「作者の目が神の目に近づきすぎ、すべてが綺麗に割り切れすぎているところにかすかな異和感をおぼえました。しかし作者は頭抜けて巧者です。」 |
選評出典:『オール讀物』昭和59年/1984年10月号 |
選考委員 井上ひさし 51歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
60歳 |
◎ | 17 | 「各所にいささか傷はあるものの、これは名作である。どんな端役にも人間の血が色濃く、あたたかく流れている。構成もすこぶる知的である。この構成法がひとつの作品を人情物語にも、諧謔小説にも、また推理小説にもした。これは稀有のことである。」 | |
落合恵子 | 41歳 |
○ | 12 | 「はじめて候補にのぼった時分とくらべて、失礼だが大変な腕の上げようだと舌を巻いた。もっとも技術が洗練されるにつれて登場人物たちが小綺麗に、まとまりよく仕上ってしまうという危険もないではない。しかし筆者はこの作品に九十点はさしあげたい。」 |
31歳 |
□ | 12 | 「じつに巧者である。けれどもどちらの作品でも、女主人公は世故くて薄汚い。」「ただし四期連続して強力な候補作を書きつづけるという力量は上々吉であって、これには素直に脱帽すべきだろう。」 | |
選評出典:『オール讀物』昭和61年/1986年4月号 |
選考委員 井上ひさし 51歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
56歳 |
○ | 52 | 「作者の最近の仕事ぶりは丁寧で細心、じつに用意周到である。」「たとえば一代の人気役者で、脱疽で両手両足を切断することになるあの沢村田之助の使い方(原文傍点)ひとつを見てもよくわかる。」「いまだに筆者は三作(引用者注:「恋紅」「忍火山恋唄」「百舌の叫ぶ夜」)に甲乙をつけられないでいる。」 | |
逢坂剛 | 42歳 |
○ | 29 | 「気合いの入った剛直な出来栄えで、結末の、関係者が一堂に会しての謎解き場面には胸が躍った。」「いまだに筆者は三作(引用者注:「恋紅」「忍火山恋唄」「百舌の叫ぶ夜」)に甲乙をつけられないでいる。」 |
泡坂妻夫 | 53歳 |
○ | 29 | 「新内を扱いながら、じつは作品全体が新内そのもののように仕上ったという巧緻をきわめた作品である。」「いまだに筆者は三作(引用者注:「恋紅」「忍火山恋唄」「百舌の叫ぶ夜」)に甲乙をつけられないでいる。」 |
選評出典:『オール讀物』昭和61年/1986年10月号 |
選考委員 井上ひさし 53歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
54歳 |
○ | 29 | 「(引用者注:「それぞれの終楽章」「オールド・ルーキー」「幽霊記」のうち)どれが受賞しても妥当であると考えた。」「思いもかけない強い感動があった。高校時代の親友の謎めいた急死が、《人々によって自分は影響をあたえられ、つくりあげられた。(引用者中略)自分はこれらの人々の人生を文字にする仕事をはじめなければならない。彼らを生かすことで自分も生きる。》という発見によって解明されるとは、なんと意外で、快いことだろう。」 | |
長尾宇迦 | 61歳 |
○ | 10 | 「(引用者注:「それぞれの終楽章」「オールド・ルーキー」「幽霊記」のうち)どれが受賞しても妥当であると考えた。」「熱気ある筆はときどき筆者をして、「これこそ小説だ」と叫ばしめた。」 |
赤瀬川隼 | 56歳 |
○ | 12 | 「(引用者注:「それぞれの終楽章」「オールド・ルーキー」「幽霊記」のうち)どれが受賞しても妥当であると考えた。」「低くて謙虚な姿勢から諧謔をまじえて実人生をとらえる作風はかねてから傾倒するところ」 |
選評出典:『オール讀物』昭和63年/1988年4月号 |
選考委員 井上ひさし 53歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
48歳 |
◎ | 27 | 「私は推す作品を、景山、西木、小松の三作品に決めていた。」「小説といえど社会の函数であるとする作者の覚悟に心を打たれた。」「とくに『端島の女』の仕掛けはみごと! のひとことに尽きる。」「詩情もあり、この作家はやがて現代日本の叙事詩を書くかもしれない。」 | |
41歳 |
◎ | 47 | 「私は推す作品を、景山、西木、小松の三作品に決めていた。」「もっとも感心した」「文体の変化と呼応して、物語の質がまた変る。」「チャランポランに書かれているように見えて、じつは細心の計算がなされているようである。」「くり返しになるが、私は景山氏の、のびのびとした素質のよさに、ほんとうに感心してしまった。」 | |
小松重男 | 57歳 |
◎ | 20 | 「私は推す作品を、景山、西木、小松の三作品に決めていた。」「コツコツ働くものは装置をもった人間どもに結局は敗れるが、しかしそれでもコツコツ働くしかないという庶民の歌には泣かされた。」「私はとても好きだ。」「「話が古い」という評言もあり、その意味もわかるが、なんだか惜しい。」 |
選評出典:『オール讀物』昭和63年/1988年10月号 |
選考委員 井上ひさし 55歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
樋口有介 | 40歳 |
○ | 22 | 「今回、もっとも堪能した」「風俗の活写、青春群像の彫琢、みんなうまく行っている。」「だが、この作品はじつは推理小説のスタイルで書かれており、そうなると、たとえば睡眠薬の錠数といったことが問題にならざるを得ない。どう勘定しても数が合わぬのである。そこで推薦の辞も自然弱くなる。この作品と心中してもいいと思っていただけにとても残念である。」 |
57歳 |
△ | 10 | 「名人芸の所産である。名人芸だけに、たまに凡百の読者を置き去りにして独走するところがある。そこに微かな不安もなくはなく、また、作者の恋愛観にも多少の不満はある。がしかし圧倒的な名人芸がそういった不安や不満を押し流してしまった。」 | |
選評出典:『オール讀物』平成2年/1990年9月号 |
選考委員 井上ひさし 56歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
65歳 |
◎ | 33 | 「藤原義江が人生の転機にさしかかるたびに現われる善意の人びとを入念に描くことで、作者は「人が人を創る」という人生の真実の一つを読者に分かち与えることにみごとに成功した。」「また、読後の読者は「人生とはものさびしいものだ」という感想を抱かれるかもしれない。この一種の哀感は、作者の年輪が自然に紡ぎ出したものにちがいない。」 | |
宮城谷昌光 | 45歳 |
◎ | 18 | 「構想は中国古代に材を仰いですこぶる広大、文章は格調高く、かつ融通無碍、しかもそのおもしろさは彼の三国志をさえ凌ぐかとおもわれ、「これは大変な書き手が現われたものだ」と度胆を抜かれた。」「最後まで、この作品と「漂泊者のアリア」(古川薫)との二作受賞にこだわらざるを得なかった。」 |
「「読んでいるあいだはとてもたのしく、そのなかからこれはという一作にしぼるのは、かなりむずかしかった」というのが、評者の率直な感想である。」 | ||||
選評出典:『オール讀物』平成3年/1991年3月号 |
選考委員 井上ひさし 58歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
48歳 |
◎ | 41 | 「文章にやや臭み(「いかにも玄人の、プロならではの」という言い方も出来るが)はあるものの、単に意味を伝達するだけではない徳、つまり作者の駆使する言葉そのものがおもしろさと美しさを備えており、かつ的確(とくに、主人公が彫物をする場面)でもある。」「読者はとても気分よく巻を閉じることができるわけで、すべてをひっくるめて作者はまことに練達である。」 | |
宮部みゆき | 32歳 |
◎ | 47 | 「大いに感心し、選考という立場を忘れて夢中で読んだ(文章がいいから読者の邪魔をしない)。」「じつによく出来た風俗小説として読んだ。たとえばバルザックのようなという形容句を呈しても褒め過ぎにはならないだろう。持てる力と才能を振り絞って「現在そのもの」に挑戦し、立派に成功をおさめたその驚くべき力業に何度でも最敬礼する。」 |
選評出典:『オール讀物』平成5年/1993年3月号 |
選考委員 井上ひさし 58歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
40歳 |
○ | 24 | 「圧倒的な膂力の持主である。それ以外に評言の用意がない。」「この作品で作者は、真知子という善悪をはるかに超えた「人生の泥と涙にまみれて人を愛する女」を創造し、読者との関係をしっかりと付けた。彼女の愛は、推理小説だの警察小説だのといった狭い枠を越えて、はるか普遍の愛にまで達している。」 | |
中島らも | 41歳 |
○ | 18 | 「作者の才筆は今回も読者を堪能させてくれる。」「その手腕に喝采を惜しむものではないが、今回は物語の勘どころに破綻があったようだ。」「それでもこの作品に合格点をつけたのはおもしろさでは際立っていたからであるが、やはり支持する声は少なかった。」 |
55歳 |
□ | 16 | 「彼女たち(引用者注:登場人物たち)の自立が、常に自分より劣った男性を踏み台にして成し遂げられるところに軽い不満を抱いていたが、選考者の皆さんの熱い支持の言葉に耳を傾けているうちに、その不満はきれいに消えた。読み直せば、爽やかさがゆっくりと立ち上ってくるような佳品揃い、結末も定型を外していて気品がある。」 | |
選評出典:『オール讀物』平成5年/1993年9月号 |
選考委員 井上ひさし 59歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
37歳 |
◎ | 26 | 「物語の展開は快調、とにかくおもしろい。舌を巻くばかりの筆力である。」「登場人物たちの織り出す人生の織物は厚くて豪奢である。もちろん欠点はある。たとえば今回の悪玉には「悪の哲学」がない。あるとしても弱い。」「現在感覚に溢れて生き生きとした作品だ。今回は水準が高かったが、その高い水準をこの作品はさらに頭ひとつ抜いている。」 | |
内海隆一郎 | 56歳 |
○ | 19 | 「過去の重い時間を引き摺りながら、現在、出来うる限りの努力をし、未来に一条の希望の光を見ようとする人たちが大勢、登場する。」「さらにもう一つ、作者はそれらの人びとに「心のやさしさ」を与えている。ここがいわば議論の分れ目で、だから印象が淡い、美談仕立てだという意見があり、だから気持がいいという意見も生まれる。今回の評者は後者の立場、しかし力が及ばなかった。」 |
52歳 |
△ | 13 | 「なによりもその着眼で光っている。」「物語そのものは常套で、また会話と地の文の関係が手拍子で進行する個所も多く、ハテと思うところは少くなかったけれども、そういった疵をすべて着眼のすばらしさが消した。勉強になる小説だ。」 | |
選評出典:『オール讀物』平成6年/1994年3月号 |
選考委員 井上ひさし 59歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
45歳 |
◎ | 52 | 「六作中、もっとも感心した」「たとえ会津物に抵抗がある読者でもここまで巧みに仕組まれれば文句のつけようがあるまい。」「なによりもめざましいのは、氏が会津という固有の土地を掘っているうちに日本人の普遍的な行動原理に突き当たったこと。」 | |
久世光彦 | 59歳 |
◎ | 18 | 「文章のすばらしさについてはすでに定評がある。」「大正期に生まれて昭和初期に都市大衆のものとなった「文化」生活の微細な陰影、それを文章としてここまでしっかりと取り出した氏の力量はだれもが認めるところであろう。この一点だけでも充分、受賞に価すると考えたのだが……。」 |
44歳 |
■ | 21 | 「二千語か三千語程度の平易な言葉だけで人生の真実を描き出そうとする氏の文体改革の熱意に深い敬意を抱いている。」「しかし登場人物たち、とくに女性に対する作者の甘い媚びに抵抗がある。もちろんこれは趣味の問題であって、評者の女性観の方がかえって歪んでいるのかもしれないが。」 | |
「今回の予選通過作品を見て、「俊英たちが今ここに勢揃いしている」という戦慄にも似た思いを抱き、すこぶる緊張した。」 | ||||
選評出典:『オール讀物』平成6年/1994年9月号 |
選考委員 井上ひさし 60歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
63歳 |
◎ | 28 | 「氏のすぐれた資質がよくあらわれている。すなわち、行儀よく均整のとれた物語をつくる技量、それを支える良質の文章。中でも「陽炎球場」は、氏のもう一つの長所である無垢で軽やかな幻想性を散りばめながらひときわまぶしく光っている。(引用者中略)これは名作だ。」 | |
梁石日 | 58歳 |
◎ | 25 | 「大村収容所送りになる金を命がけで待つ女、初子がすばらしい。」「読者は、漢語を数多く駆使した独特の文体に最初のうちはてこずるが、先へ進むにつれて、そのごつごつした文体が金と初子の運命を描くのに最適であったことを理解する。」「『白球残映』とともに受賞に値すると考えて選考の席に臨んだ」 |
選評出典:『オール讀物』平成7年/1995年9月号 |
選考委員 井上ひさし 61歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
35歳 |
◎ | 64 | 「(引用者注:「蒼穹の昴」との)二作受賞を心から願っていた。」「たしかに話の作り方では成功したとは言いかねるが、主役と狂言回しとをかねた二人組の警官の人間創出に、高い水準でみごとに成功している。」 | |
浅田次郎 | 44歳 |
◎ | 56 | 「(引用者注:「凍える牙」との)二作受賞を心から願っていた。」「李春雲と玲玲の兄妹がとくに生き生きと跳ねていて、たしかにここには「人間」がいた。」「ここで説かれている「浅田版清朝史」のおもしろさは格別であり、こんな大作を書き下ろしで書いてしまった作者の逞しい膂力にも脱帽した。」 |
選評出典:『オール讀物』平成8年/1996年9月号 |
選考委員 井上ひさし 63歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
桐野夏生 | 46歳 |
◎ | 55 | 「今回、評者がもっとも高い評点をつけた」「冒頭の弁当工場の夜勤の光景から第一の死体解体のあたりまでは快調そのものの運びで、まったく完璧である。」「クライマックスは、作者の意図は充分に尊重しながらも、一読者としては、「話をややこしくしすぎて、最後が絵空事になってしまったのでは……。惜しい」と呟やかざるを得なかった。」「評者は最後までこの作品を推したが、しかし最後の最後に折れてしまった」 |
「最近の新鋭たちは謎を作りすぎていないか。」「物語を複雑にしすぎているように見える。もう一つ云えば、物語をできるだけややこしく作ろうとする癖がある。」 | ||||
選評出典:『オール讀物』平成10年/1998年3月号 |
選考委員 井上ひさし 63歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
53歳 |
◎ | 33 | 「(引用者注:「血と骨」を)凌駕する秀作」「小説は、ことばで人間を、そしてその人間と他の人間との関係を映し出す仕事だが、その完璧な見本がここにある。」「心中未遂は、いったん「死」を通って「生」へ再生する儀式である。その儀式を終えたアヤちゃんが、「たとえそこが地獄でも生きねばならぬ」と思い定める結末に、人間という存在に寄せる作者の深い愛を読んで、思わず涙がこぼれた。」 | |
梁石日 | 61歳 |
○ | 20 | 「リチャード三世とリア王を合わせたような神話的人物を創造し得た傑作である。」「瑕は多いのだが、それでもとにかく、金俊平という途方もない巨人をみごとに出現させ、十二分に生きさせ、そして完膚なきまでに老いぼれさせたところは、一つの文学的偉業であった」 |
選評出典:『オール讀物』平成10年/1998年9月号 |
選考委員 井上ひさし 65歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
61歳 |
◎ | 46 | 「仕立ては古風である。」「それは四千曲に及ぶ歌詞の実作で得た作者独自の「歌論」をふんだんに盛り込むための作家的な戦略だったと思われる。」「歌を発掘するしか生きようがなかった二人の幸福な、しかしある意味では不幸な人生が、読む者の胸を打たずにはおかない。」 | |
福井晴敏 | 31歳 |
◎ | 35 | 「滅法おもしろい冒険小説であり、同時に景気のいい国家論でもある。」「登場人物の大量生産と大量消費、そこにおもしろさの源泉があり、同時に底の浅さの原因もあった。」「国家論も扁平で、「攻撃的に平和を?むこともできるのではないか」という観点が欠けているが、とにかく評者は、作者の圧倒的な筆力を買って、「長崎ぶらぶら節」(なかにし礼)と並べて受賞作に推した。」 |
選評出典:『オール讀物』平成12年/2000年3月号 |
選考委員 井上ひさし 66歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
51歳 |
◎ | 21 | 「どこをとっても寸分の瑕もない、みごとな作品」「過去と現在の、二つの時間が一つになるという構造が比類なく美しい。」「なによりも淳蔵という得恋の五十男が紙の中から立ち上がり、いまにも読者の体の寸法を採ってくれそうなほど、よく書かれている。」 | |
奥田英朗 | 41歳 |
◎ | 28 | 「刮目し、歎服もした」「おもしろい細部、巧みな会話で、東京の衛星都市に住む、ある平凡な一家庭の転落過程が活写され、それだけでも元のとれる小説だが、この作者は途方もない描写トリックを仕掛けている。」「結末へ近づくにつれて、一人の刑事の再生物語の様相を呈しはじめる。なんという描写トリック、なんというあざやかさ。『愛の領分』(藤田宜永)と併せてこの作品を推した」 |
選評出典:『オール讀物』平成13年/2001年9月号 |
選考委員 井上ひさし 67歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
49歳 |
◎ | 39 | 「(引用者注:「イン・ザ・プール」と)もう一つ、一番に推したのは、『生きる』(乙川優三郎)に収められた「安穏河原」という短篇、これもまたすばらしい作品である。」「母子二代にわたる二つの川岸の光景=記憶は、読者をこころからしあわせにし、同時に、人生の深みへ誘いもする。こんなことは他の表現方法ではできない。これこそ小説の勝利である。」 | |
奥田英朗 | 42歳 |
◎ | 45 | 「現代人の病患を、恐るべき作意ときびしい自己凝視によって、みごとな作品に仕上げている。」「診る者と診られる者の逆転が、毎回、大量の笑いと良質の社会風刺を生む。じつに上等な滑稽小説で、この連作集を一番に推した。」 |
選評出典:『オール讀物』平成14年/2002年9月号 |
選考委員 井上ひさし 68歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
奥田英朗 | 43歳 |
◎ | 24 | 「この作者の場合、文章はつねに幾分かの諧謔味を含む。今回の作品も、一見平凡な会社小説のように見えて、そのじつは会社家庭小説という新形式であり、つねに頬笑む文章はその新冒険を柔らかく包んで、読む者をあきさせない。」「評者は、つねに頬笑む文章と会社家庭小説という発明が好みに合ったので、最後まで『マドンナ』を推した。」 |
「粒選りの作品が集まると、あとは自分の好みで決めるしかない。」 | ||||
選評出典:『オール讀物』平成15年/2003年3月号 |
選考委員 井上ひさし 69歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
44歳 |
◎ | 38 | 「物語構造そのものがすばらしい発明であるが、今回、作者はこの構造に絢爛たる笑いの花を満開に咲かせた。とりわけ、「ハリネズミ」と「義父のヅラ」には、さんざん笑ったあとに人生の真実にふれたような感動をおぼえ、前作同様に強く推した。」 | |
田口ランディ | 44歳 |
◎ | 22 | 「評者は買った。」「主題展開の軸を「富士山」に据えたのは、めざましい工夫だった。中でも「樹海」は、三人の少年の冒険を語りながら、森の夜のおそろしさを新鮮な文章で書き切っていて、胸おどる読書体験だった。」 |
46歳 |
○ | 39 | 「狩りを生涯の仕事にした一人の男の人生を、揺るぎのない筆致で堂々と書き切った秀作である。」「とりわけ感服したのは、主人公が山の主であるコブグマに向かっていう次のような言葉である。〈俺はおめえの仲間をさんざん殺めてきたからの。かまわねえがら俺を喰え。俺を喰って力ばつけて生きながらえろ。(引用者中略)〉この視点を持つことによって、本作は二十一世紀の小説になった。」 | |
選評出典:『オール讀物』平成16年/2004年9月号 |
選考委員 井上ひさし 70歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
42歳 |
◎ | 38 | 「いろとりどりだが、大切なのは六篇とも佳品であること、一篇の無駄打ちもないところに値打ちがある。」「中でも感心したのは「送りん婆」である。(引用者中略)呪文を知ったわたしたちが、それを使って病者をあの世送りできるかというと、じつはそうは行かない。そうは行かない理屈が揮っていて、そこに作者一流の知恵がある。」 | |
古川日出男 | 39歳 |
○ | 22 | 「戦後のアジア史そして世界史を丸ごと、軍用犬の眼から描くという離れ業、そこに作者の逞しい文学的腕力があらわれている。たしかに欠点がないでもないが、全編にみなぎる「小説は言葉で創るものだ」という気合いに、この作者の豊かな未来を視たようにおもう。」 |
三崎亜記 | 34歳 |
○ | 22 | 「(引用者注:戦争を公共事業として捉えるという)視点の新鮮さに打たれた。」「この視点を発見しただけでも、作者の手柄は大きい。作中に、「公務によるラブシーン」が現れるが、この場面の透徹した美しさは、作者のすぐれた資質を証し立てている。」 |
選評出典:『オール讀物』平成17年/2005年9月号 |
選考委員 井上ひさし 71歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
47歳 |
◎ | 24 | 「(引用者注:「死神の精度」とともに)二作を推すことに決めていた。」「主人公の数学教師はホームレスを殺す。(引用者中略)他人の生命を踏みつけにしておいて愛もへったくれもないではないか……しかし、作者の力量は疑いもなく十分、そこで最後の一票を東野作品に投じた。」 | |
伊坂幸太郎 | 34歳 |
○ | 31 | 「(引用者注:「容疑者Xの献身」とともに)二作を推すことに決めていた。」「美点を満載した小説である。」「人間をよく知らない調査部員(死神)がつい幼稚な質問を発して、じつはそれが人間の営みに対する根源的な質問になっているという工夫には脱帽した。もっとも死神が常に全能であるのは疑問で、「死神の失敗や誤算が書かれていたら」という渡辺淳一委員の意見に同感した。」 |
選評出典:『オール讀物』平成18年/2006年3月号 |
選考委員 井上ひさし 74歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
48歳 |
◎ | 29 | 「前半はすばらしい。しかし後半はやや落ちるかもしれない。(引用者中略)みんないい人になって、構造(ルビ:つくり)に微かなひびが入った。」「いずれにもせよ、作者は、名もなき死者を悼む人を設定して、人生と死と愛という人間の三大難問に正面から挑戦した。」「ドストエフスキーも顔負けの、この度胸のある文学的冒険に脱帽しよう。」 | |
52歳 |
◎ | 22 | 「臨済禅が利休に与えた影響について書かれていないことを(大徳寺は出てくるけれども)不満に思ったが、しかし、時間を巧妙に逆行させながらなにもかも、高麗からの流浪の麗人と、彼女の持っていた緑釉の香合に、焦点を絞ってみせた、作者の力業に喝采を送る。」「おしまいの、利休の妻が香合を石灯籠に叩きつけて砕くところは、この長編を締めくくるにふさわしい名場面だった。」 | |
道尾秀介 | 33歳 |
◎ | 19 | 「一に人物造型のたしかさ面白さ、二に伏線の仕込み方の誠実さ、三に物語の運びの精密さと意外さ、四に社会の機能を抉りだすときの鋭さ、五に質のいい笑いを創り出すときの冴えにおいて、出色の小説だった。評者も、すっかり騙された口の一人である。」 |
「評者は推すべき作品を以下の(引用者注:「利休にたずねよ」「悼む人」「カラスの親指」の)三作品に定めた。」 | ||||
選評出典:『オール讀物』平成21年/2009年3月号 |