垣根涼介（かきねりょうすけ）-直木賞受賞作家

第169回

＝受賞者＝
垣根涼介
永井紗耶子

Last Update●[R5]2023/12/16

	Kakine Ryosuke
	生没年月日【注】	昭和41年/1966年4月27日～
	経歴	長崎県諌早市生まれ。筑波大学第二学群人間学類卒。リクルート、商社、旅行代理店勤務を経て、平成12年/2000年にサントリーミステリー大賞・読者賞を受賞、作家デビューする。
	受賞歴・候補歴	第17回サントリーミステリー大賞［大賞・読者賞］（平成12年/2000年）「午前三時のルースター」第6回大藪春彦賞（平成15年/2003年度）『ワイルド・ソウル』第25回吉川英治文学新人賞（平成15年/2003年度）『ワイルド・ソウル』第57回日本推理作家協会賞［長編及び連作短編集部門］（平成16年/2004年）『ワイルド・ソウル』第18回山本周五郎賞（平成16年/2004年度）『君たちに明日はない』 \|候補\| 第4回山田風太郎賞（平成25年/2013年）『光秀の定理』 \|候補\| 第2回京都本大賞（平成26年/2014年）『光秀の定理』 \|候補\| 第7回山田風太郎賞（平成28年/2016年）『室町無頼』本屋が選ぶ時代小説大賞2016（平成28年/2016年）『室町無頼』 \|候補\| 第156回直木賞（平成28年/2016年下期）『室町無頼』 \|候補\| 第9回山田風太郎賞（平成30年/2018年）『信長の原理』 \|候補\| 第160回直木賞（平成30年/2018年下期）『信長の原理』第169回直木賞（令和5年/2023年上期）『極楽征夷大将軍』
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『ワイルド・ソウル』（平成15年/2003年8月・幻冬舎刊）

書誌

平成18年/2006年4月・幻冬舎／幻冬舎文庫『ワイルド・ソウル』(上)(下)

平成21年/2009年11月・新潮社／新潮文庫『ワイルド・ソウル』(上)(下)

吉川英治文学新人賞 第25回受賞

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　垣根涼介　37歳
選考委員		評価	行数	評言
浅田次郎	52歳	■	4	「敢闘賞にふさわしい力作であり、ほめるより先に敬意を抱いた。しかしシナリオ的な作風はいただけない。」
阿刀田高	69歳	◎	10	「前半の記述に溢れるすさまじさは高く評価されてよいものだろう。登場人物もそれぞれおもしろい。後半、ストーリーの展開が少しバタバタするけれど、人を殺さない復讐にこの作家のヒューマニズムを感じて、これもよしとした。」
伊集院静	54歳	□	12	「前半部の描写が抜きん出ていた。」「テーマも新人の目と憤怒があり、受賞は当然だった。私は最終章の捉え方に前半部にあった人間の愚行への憤怒が洗い流され過ぎている感想を抱いた。」「ただ厳しかったであろう取材の後に作品を誕生させた氏の力量は称えられるべきだろう。」
北方謙三	56歳	○	4	「前半のブラジルの描写が傑出していて、それで充分だった。」「（引用者注：二作受賞は）優劣をつけ難かったというのが、本音である。」
高橋克彦	56歳	△	8	「まれに見る激戦を勝ち抜いたということで受賞したお二人は大いに自信を持つべきだ」
林真理子	49歳	◎	14	「迫力に圧倒された。」「こういう種類の小説の女性像にかねがね不満を持っていたのであるが、主人公のひとり、テレビディレクターの魅力的なことといったらどうだろう。キャリアを積む女性の野心にやるせなさ、強欲さといったものもきちんと表現されているのである。」
選評出典：『群像』平成16年/2004年5月号

『君(きみ)たちに明日(あす)はない』（平成17年/2005年3月・新潮社刊）

書誌

平成19年/2007年10月・新潮社／新潮文庫『君たちに明日はない』

収録作品

「怒り狂う女」「オモチャの男」「旧友」「八方ふさがりの女」「去り行く者」

山本周五郎賞 第18回受賞

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　垣根涼介　39歳
選考委員		評価	行数	評言
浅田次郎	53歳	●	38	「私は（引用者中略）あろうことか「絶対バツ」の評価を与えた。」「どうしてもこの作家の饒舌で放埓な文章が、あるいは小説という太古から続く芸術に向き合う姿勢が、文学賞にふさわしいとは思えない。」「手のつけようもない悍馬ぶりからすると、思いもかけぬ明日があるような気がする。」
北村薫	55歳	○	14	「リストラ請負業という職の、背中に負う怨念の重さは、時に言葉で語られる。しかし、さほど物語には反映されない。」「読んでいる間は、ほとんどそのことに気づかせさえもしない。そこにあるのは軽さではなく芸だろう。プロの技だ。この点につきる。」
小池真理子	52歳	◎	38	「（引用者注：「明日の記憶」との）二作同時受賞になれば、と願いつつ、（引用者中略）推した。」「何よりも私がこの作品を高く評価したのは、怒りや絶望感、虚しさなど、現代人特有のマイナスの感覚をプラスのベクトルに向けて表現していこうとする作者の姿勢、まなざしの力強さに対してであった。」「表向き、これほど軽さを装っているにもかかわらず、描かれている世界は深い。作者の才能が、生半なものではない、という証左である。」
重松清	42歳	◎	56	「○をつけた唯一の作品である。」「会社とのつながりを断ち切られるリストラが、逆に自分にとっての大切なつながりをあらためて思いださせるという構図じたいは、簡単に「ありがち」の物語に陥りかねないのだが、作者は、題材に最も似つかわしくない軽いタッチで最後まで描きとおすことで、深刻さに甘えてしまう愚を避けた。そこに僕は、物語や人物に対する作者の距離のとり方のしなやかさとしたたかさを感じる。」
篠田節子	49歳	◎	50	「大人の楽しめる小説として、文句のつけようのないプロの仕事を見せてくれた。」「一つは言葉選びの適確さだ。」「汚れ仕事の最前線に立つ社員の話を、何とも前向きな物語に仕立て上げるということ自体が、作家として体力のいる事である。読者からは、不謹慎、現実の深刻さを認識していない、という非難も飛んでくるだろうに、いい度胸をしている。」「決して心理的、情緒的なものをストーリーの推進部分に使って逃げを打つということをしていない。」
選評出典：『小説新潮』平成17年/2005年7月号

第156回候補

『室町無頼(むろまちぶらい)』（平成28年/2016年8月・新潮社刊）

媒体・作品情報

作品名別表記	カバー「むろまちぶらい」「Muromachi Outsiders」併記　奥付ルビ有り「むろまちぶらい」
印刷/発行年月日	発行平成28年/2016年8月20日
発行者等	発行者佐藤隆信　印刷所大日本印刷株式会社　製本所大口製本印刷株式会社
発行所	株式会社新潮社（東京都）			形態	四六判　並製
装幀/装画等	装画吉田史朗　装幀新潮社装幀室　地図製作アトリエ・プラン
総ページ数	530	表記上の枚数	―	基本の文字組（1ページ当り）	43字 ×20行 ×1段
本文ページ	5～530 （計526頁）	測定枚数	1015枚

書誌

初出『週刊新潮』平成26年/2014年7月10日号～平成27年/2015年8月6日号/単行本化にあたり加筆修正

平成31年/2019年2月・新潮社／新潮文庫『室町無頼』(上)(下)

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　垣根涼介　50歳
選考委員		評価	行数	評言
浅田次郎	65歳	■	14	「遊女と無頼漢たちとの描写に感心した。」「人間が虚栄の衣を脱ぎ捨てて生身になればなるほど、物語の運びも文章も垢抜けてくる。そのあたりを作品の主題に据えれば、今すぐにでも傑作が生まれるような気がする。」
宮城谷昌光	71歳	■	19	「じつのところ、主人公とおもわれる若い才蔵とともに感情を併走させてゆくうちは、快適な読書であったが、遊女の芳王子についての記述が濃厚になると、主題を見失った感じになり、快適さも失われた。あらたな主題さがしと物語の整合性を求めるのがめんどうになったのは、私だけであろうか。」
宮部みゆき	56歳	△	44	「本作は、「土一揆」という史実を土台としています。でも、物語の主人公たちは傭兵と武芸者にほぼ限られています。本来はここに「土」の視点、「土」の生きざま、「土」の希望と命が描かれるべきではなかったか。」「「戦ったのも敗れたのも武芸者ではない。土に生き土に死んでゆく者たちなのだ」というコードが鳴り響くべきではなかったのか。せっかく「土一揆」を素材して選んだ以上、そのコードを聴きたかったから私はもやもやしたのだ、と覚りました。」
北方謙三	69歳	△	22	「比較的自由がある民衆叛乱の土一揆は、人の姿が際立つはずで、私はそれを読みたかった。」「才蔵という青年の造形がどこか生硬で、作者の意図からはみ出すほど破天荒ではなく、窮屈な感じがしてもの足りなかった。しかし、力強い小説であった。民衆の側から、国の乱れを照射しようという志が感じられ、それも嬉しかった。」
高村薫	63歳	△	14	「歴史小説というより一種の剣豪小説として面白く読んだ。もっとも、兵法者の活劇は文句なしに活き活きしているが、主人公の若者があまりに屈託がなさすぎて、凄惨な殺し合いに生きる人間が立ち上がってこない。」
林真理子	62歳	△	15	「現代的な会話もリズミカルでぐいぐいひき込まれるのであるが、残念なのは修業のシーンがハイライトであるということだ。これに比べると後半がぐっと弱くなってくる。」「ヒロインの遊女、芳王子がとても魅力的である。」
東野圭吾	58歳	□	37	「今回、私の○は『室町無頼』だった。才蔵なる若者が無茶な修行を強いられる場面までは抜群に面白かった。蓮田とのやりとりは『スター・ウォーズ』のジェダイと弟子のようだし、棒術の師匠はまさにヨーダで、和製『スター・ウォーズ』を狙ったのではないかと本気で考えた。」「ただしそこから先の展開は、やや生真面目すぎた感がある。」「もしも最初の投票で本作が多くの支持を集めたなら、『蜜蜂と遠雷』との二作授賞を主張しようと考えていた。だが残念ながらそうはならなかったので、強く推すのをやめた。恩田さんと同時受賞となれば、きっと垣根さんが割を食うと思ったからだ。」
桐野夏生	65歳	△	20	「痛快な物語として、楽しく読んだ。特に、才蔵が六尺棒の訓練を受けるディテールに冴えがある。」「しかし、男性登場人物に陰影が足りないように思う。そのため、室町時代の「無明」さが読者に伝わらず、後半の一揆場面でも盛り上がらない。」
伊集院静	66歳	◎	42	「今回の候補作の中でもっとも読みごたえのあった作品」「文章も安定していたし、テンポのある文体はエンタティメントの必須条件にかなっていた。」「何より登場人物に魅力があり、主人公の才蔵をはじめ、道賢、兵衛、芳王子等がまことによく描き分けられて、氏が以前より、その力量を上げられているのと、元々持ち合わせていた才能が本作品で花開いたと思えた。」「強く推したが支持して下さる委員の数がわずかに足らなかった。」
選評出典：『オール讀物』平成29年/2017年3月号

第156回推薦候補

大衆選考会での推薦

推薦者	推薦日	推薦文
P.L.B.	平成29年/2017年1月19日	『また、桜の国で』も『室町無頼』も、いまの時代に書かれた、ということが如実に伝わってくる熱い作品なので、やはり直木賞は授賞してほしい。（同時推薦=>須賀しのぶ）

文量
長篇
章立て
「第一章　赤松牢人」「第二章　京洛の遊女」「第三章　唐崎の老人」「第四章　吹き流し才蔵」「第五章　見世物」「第六章　野火」
時代設定	場所設定
室町中期［寛正年間～文明年間］	山崎～京～河内～山城～唐崎など
登場人物
●才蔵（金貸し業の用心棒、棒術使い） ●蓮田兵衛（素牢人風の男） ●骨皮道賢（印地の親玉、洛中の警護役） ●芳王子（三条の遊女） ●法妙坊暁信（金貸し業、比叡山の山法師） ●唐崎の老人（才蔵の棒術の師匠） ●馬切衛門太郎（八条の横道者）

第160回候補

『信長(のぶなが)の原理(げんり)』（平成30年/2018年8月・KADOKAWA刊）

媒体・作品情報

作品名別表記	奥付ルビ有り「のぶなが」「げんり」
印刷/発行年月日	発行平成30年/2018年8月31日（初版）
発行者等	発行者郡司聡　印刷所大日本印刷株式会社　製本所本間製本株式会社
発行所	株式会社KADOKAWA（東京都）			形態	四六判　上製
装幀/装画等	装丁高柳雅人　カバーイラストチカツタケオ　地図作製 REPLAY
総ページ数	588	表記上の枚数	―	基本の文字組（1ページ当り）	44字 ×19行 ×1段
本文ページ	5～587 （計583頁）	測定枚数	1099枚

書誌

初出『小説野性時代』平成28年/2016年8月号～平成30年/2018年4月号/単行本化にあたり加筆修正

令和2年/2020年9月・KADOKAWA／角川文庫『信長の原理』(上)(下)

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　垣根涼介　52歳
選考委員		評価	行数	評言
伊集院静	68歳	△	32	「文章が安定しており、候補作のなかで一番読み易かった。」「氏の作品の魅力は物語を押し進めて行くスピード感である。推進力と言ってもいい。これは才気である。本作の前の明智光秀に続いて戦国時代に敢えて挑んだ姿勢も頼もしく思った。」
宮部みゆき	58歳	○	31	「（引用者注：「宝島」と共に）もう一作、垣根涼介さんの『信長の原理』も推したのは、この作品が戦国ものの歴史小説としてユニークな詠み心地を与えてくれたからです。ポップで軽やかで、ポピュラーサイエンスの本やビジネス書的な面白さ。」「ただ選考会で、信長に関する基本的な歴史考証にいくつか定説と異なる記述があり、これが意図的なものだとするとその意図が物語に回収されていないし、うっかりミスだとすれば手痛い失点だ――というご意見を聞き、そこで諦めました。」
林真理子	64歳	■	10	「アリの生態を人間のそれに置き替えるくだりは首をひねった。信長も秀吉もそれまでの像を破っていない。垣根さんなら、もっと新鮮な人物像を描くことが出来たのではないか。」
桐野夏生	67歳	△	13	「地の文の確かな巧さでもって、最後まで読ませる。」「歴史的出来事の検証には目もくれず、ただ信長の生理と思考を中心に書かれた物語は、一生を不信の中に生きた信長という人物に、違う光を当てている。」
浅田次郎	67歳	△	9	「作者の手に合った作品であると思った。小説家がみずからの資質を発見するのはすこぶる困難で、おそらく作者にもさまざまの迷いはあったであろうが、本作はぴたりと嵌まったように思う。」
宮城谷昌光	73歳	■	16	「信長を書く場合、『信長公記』によって形成された信長観を通して信長像を創るとなると、どうしても似たり寄ったりにならざるをえない。むろん垣根氏もそのあたりを突破したかったにちがいないが、私としては、たれも書かなかった信長がここで書かれた、とは思わなかった。」
東野圭吾	60歳	■	21	「働き蟻の法則をモチーフにした点が特徴で、斬新な発想だと思った。しかしそれに基づいた合戦での応用が、「味方全員が命がけになる」という精神論では、肩すかしだった。」「法則を集団ではなく、たった五人にまで絞り込み、しかも怠け者を裏切り者にすり替えているのは強引な印象が。」
高村薫	65歳	■	16	「武将たちの人間像を捨象して意図的に人物相関と合戦の解説に徹した手法は、それゆえに小説本来の磁場をもつことはできず、もとより合戦絵巻でもないので、結果的に、どう書いてもよくできたビジネス書になるほかなかったのではないだろうか。」
北方謙三	71歳	△	17	「『原理』が信長を縛って、自由に飛翔させない。奇襲のシーンなどには私は引きこまれたが、そういう瞬間、『原理』は作用していないように感じた。」「信長が次第に凡庸に感じられてくるのは、最後まで『原理』が貫かれたからとも思えた。」
選評出典：『オール讀物』平成31年/2019年3・4月合併号

第160回推薦候補

大衆選考会での推薦

推薦者	推薦日	推薦文
k	平成31年/2019年1月7日	なし
秋津のドブ	平成31年/2019年1月11日	作品で選ばれるならベルリン。そろそろ、なら信長。おそすぎ、なら熱帯。受賞後の過去作品も含めての営業面が大きい。

文量
長篇
章立て
「第一章　骨肉」「第二章　増殖」「第三章　制圧」「第四章　均衡」「第五章　亀裂」「第六章　崩落」
時代設定	場所設定
戦国［天文年間～天正年間］	尾張～三河～美濃～越前～近江～京など
登場人物
●織田信長（幼名・吉法師、織田弾正忠家の惣領） ●信勝（幼名・勘十郎、信長の弟） ●佐久間盛重（通称・大学、信勝付きの一番家老） ●佐久間信盛（通称・右衛門尉、のち織田家の筆頭家老） ●柴田勝家（通称・権六、馬廻り衆出身の織田家武将） ●木下藤吉郎（小者出身の織田家武将） ●松永久秀（通称・弾正、三好家の祐筆を経て有力武将） ●明智光秀（通称・十兵衛、美濃源氏土岐氏の一族、幕府の奉公衆出身の織田家武将）

第169回受賞

『極楽征夷大将軍(ごくらくせいいたいしょうぐん)』（令和5年/2023年5月・文藝春秋刊）

媒体・作品情報

作品名別表記	カバー「ごくらくせいいたいしょうぐん」併記　奥付ルビ有り「ごくらくせいいたいしょうぐん」
印刷/発行年月日	発行令和5年/2023年5月10日（第1刷）
発行者等	発行者花田朋子　印刷所凸版印刷　製本所加藤製本　ＤＴＰ組版言語社
発行所	株式会社文藝春秋（東京都）			形態	四六判　上製
装幀/装画等	装画岡田航也　装幀征矢武
総ページ数	549	表記上の枚数	―	基本の文字組（1ページ当り）	26字 ×21行 ×2段
本文ページ	5～549 （計545頁）	測定枚数	1448枚

書誌

初出『オール讀物』令和2年/2020年5月号～令和4年/2022年11月号/単行本化にあたり加筆修正

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　垣根涼介　57歳
選考委員		評価	行数	評言
京極夏彦	60歳	○	15	「尊氏の人物像の新解釈という側面ばかりが強調されがちではあるが、これは寧ろ尊氏という人物をひとつの装置として設定し、それと向き合う側近二人の差異を利用することで「太平記」を“読み替える”作業なのではないだろうか。大部ではあるが読み足りない気にさせてくれる。」
浅田次郎	71歳	□	24	「作者は勤勉である。難解な資料を時間をかけてよく読みこんでいる。しかし一方では勤勉に過ぎて、フィクションとしての部分が不足していた。登場人物のみで言うなら、足利尊氏の極楽ぶりこそ新鮮だが、楠木正成と新田義貞の英雄像も、ややデモーニッシュな後醍醐天皇も太平記のままで、小説としての面白味を欠く。」
伊集院静	73歳	◎	39	「垣根氏の作品を読むと、足利尊氏・直義兄弟の姿は、現代に生きる我々に何かを教えてくれる。何を教えているのかと言うと、人間にとって大切なものは、その人の生まれ、素性、才能に左右されないということである。同時に、周囲の差しのべてくれる手がなくては、何事も成し遂げられないということである。これを作品から感じとれるのは、小説の力量そのものであろう。」
角田光代	56歳	△	27	「大長編であるがメリハリが少なく、高国は兄の考えのなさに驚きあきれ続けるそのくり返しに、読むのにはずいぶん難儀した。しかし「世間そのもの」を無力な高氏（尊氏）に背負わせ、この動乱の時代を世間こそが作っている、と解釈させる点は新鮮に思えた。」
林真理子	69歳	□	17	「歴史上、最も人気がない（と私は考える）南北朝を、よくもまあ飽きさせずに読ませるものだと感嘆した。」「しかし何かことが起こるたびに、弟や側近が呆れ感心するパターンがややしつこいのと、天下をとった後がかなり退屈するという点において、私の中では（引用者注：「木挽町のあだ討ち」に次いで）次点となった。」
宮部みゆき	62歳	△	22	「お勉強本なので、私は読み進むのにかなり苦労してしまいましたが、たいへんな力作であることに間違いはありません。垣根さんの誠実なお仕事ぶりが、行間から伝わってくる大著でした。」「ちょっとだけ欲を言うならば、（引用者中略）尊氏が、高師直も直義も没してしまったあと、一人になってどんな生き方をしたのか。「それからの尊氏」も、私は読みたいと思いました。」
桐野夏生	71歳	○	32	「思った以上に時間がかかったが、大変面白く読ませて頂いた。」「愚直と言っては語弊がある。しかし、直義と高師直の二視点による構成は、歴史を丁寧になぞる分、山はなく平板にも感じられる。それでも書ききったのは、自身の「太平記」を書こうという作者の強い意志なのだろう。」
高村薫	70歳	○	17	「垣根氏は不人気な足利尊氏・直義を軸にして太平記を読み替える。その成否は微妙だが、太平記という長大な軍記を凡百の時代小説を解体する代わりに「太平記読み」という伝統に新たに連なる選択をした作者の意欲と慧眼に、評者は喝采を送りたい。」
三浦しをん	46歳	△	30	「高師直と足利直義が律儀にツッコミを入れつつ尊氏を支えずにはいられないさまもおかしくて、同情しながら随所で噴きだした。私がやや気になったのは、師直と直義以外が「さすが殿！」一辺倒で、同じタイミングで同じ反応しか示していないように感じられたことだ。」「史実にきちんと基づきながら、揺るぎなく「新たな尊氏」を創出した作者の手腕に最終的には圧倒された。」
選評出典：『オール讀物』令和5年/2023年9・10月合併号

文量

長篇

章立て

「第一章　庶子」「第二章　波上」「第三章　朝敵」「最終章　敵対」