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第30回
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田宮虎彦
Tamiya Torahiko
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生没年月日【注】 明治44年/1911年8月5日~昭和63年/1988年4月9日
経歴 東京生まれ。東京帝大文学部国文科卒。
受賞歴・候補歴
  • |予選候補| 第11回芥川賞(昭和15年/1940年上期)「須佐代と佐江子」
  • |予選候補| 第15回芥川賞(昭和17年/1942年上期)「七つの荒海」
  • |候補| 第23回芥川賞(昭和25年/1950年上期)「絵本」
  • 第5回毎日出版文化賞(昭和26年/1951年)『絵本』
  • |候補| 第3回読売文学賞[小説賞](昭和26年/1951年)「異端の子」
  • |候補| 第30回直木賞(昭和28年/1953年下期)「都会の樹蔭」
備考
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すさよ さえこ
須佐代と 佐江子」(『三田文學』昭和15年/1940年3月号~10月号)
媒体・作品情報
分載回数 全8回
誌名 「三田文學」
巻号 (1)第15巻 第3号 (2)第15巻 第4号 (3)第15巻 第5号 (4)第15巻 第6号 (5)第15巻 第7号 (6)第15巻 第8号 (7)第15巻 第9号 (8)第15巻 第10号  別表記(1)3月号 (2)4月号 (3)5月号 (4)6月号 (5)7月号 (6)8月号 (7)9月号 (8)10月号
印刷/発行年月日 (1)印刷 昭和15年/1940年2月20日 発行 昭和15年/1940年3月1日 (2)印刷 昭和15年/1940年3月20日 発行 昭和15年/1940年4月1日 (3)印刷 昭和15年/1940年4月20日 発行 昭和15年/1940年5月1日 (4)印刷 昭和15年/1940年5月20日 発行 昭和15年/1940年6月1日 (5)印刷 昭和15年/1940年6月20日 発行 昭和15年/1940年7月1日 (6)印刷 昭和15年/1940年7月20日 発行 昭和15年/1940年8月1日 (7)印刷 昭和15年/1940年8月20日 発行 昭和15年/1940年9月1日 (8)印刷 昭和15年/1940年9月20日 発行 昭和15年/1940年10月1日
発行者等 編輯者 和木三郎 発行者 西脇順三郎 印刷者 渡邊丑之助 印刷所 愛宕印刷株式会社(東京市)
発行所 三田文學會(東京市) 発売所 株式会社籾山書店(東京市)
総ページ数 (1)174 (2)200 (3)269 (4)238 (5)175 (6)240 (7)238 (8)268 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
(1)~(8)
45字
×20行
×1段
本文ページ (1)48~66 (2)80~94 (3)208~221 (4)116~131 (5)62~75 (6)212~224 (7)88~103 (8)80~94
(計122頁)
測定枚数 267
上記のうち紫の太字はブラウザでの表示が困難な異体字(主に正字など)
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芥川賞 芥川賞 11回予選候補(一般推薦) 一覧へ
候補者 田宮虎彦 男28歳
選考委員 評価 行数 評言
瀧井孝作
男46歳
0  
小島政二郎
男46歳
0  
室生犀星
男50歳
0  
佐藤春夫
男48歳
0  
宇野浩二
男49歳
6 「長篇という理由ばかりでなく、それぞれ違った欠点があるので、取れなかった。」「幼稚すぎる。」
川端康成
男41歳
0  
菊池寛
男51歳
   
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和15年/1940年9月号)
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なな あらうみ
七つの 荒海」(『現代文學』昭和17年/1942年4月号)
媒体・作品情報
誌名 「現代文學」
巻号 第5巻 第4号  別表記4月号
作品名 別表記 「七つの荒
印刷/発行年月日 印刷納本 昭和17年/1942年3月28日 発行 昭和17年/1942年3月31日
発行者等 発行兼編輯者 稻邊治 印刷者 米岡來(東京市) 編輯所 現代文學編輯事務處(東京市) 配給元 日本出版配給株式会社(東京市)
発行所 大觀堂(東京市)
総ページ数 100 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
53字
×19行
×1段
本文ページ 55~69
(計15頁)
測定枚数 31
上記のうち紫の太字はブラウザでの表示が困難な異体字(主に正字など)
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書誌
>>昭和26年/1951年5月・目黒書店刊『絵本 自選作品集』所収
>>昭和29年/1954年7月・河出書房/河出文庫『絵本』所収
>>昭和30年/1955年7月・河出書房/河出文庫『絵本』[新装版]所収
>>昭和31年/1956年11月・光文社刊『田宮虎彦作品集 第3巻』所収
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芥川賞 芥川賞 15回推薦候補 一覧へ
候補者 田宮虎彦 男30歳
選考委員 評価 行数 評言
瀧井孝作
男48歳
0  
小島政二郎
男48歳
0  
室生犀星
男53歳
0  
横光利一
男44歳
0  
宇野浩二
男51歳
4 「かなり面白いところがあるが、これだけでは、安心が出来ないところがある。」
川端康成
男43歳
0  
久米正雄
男50歳
0  
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和17年/1942年9月号)
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えほん
絵本」(『世界』昭和25年/1950年6月号)
媒体・作品情報
誌名 「世界」
巻号 第54号  別表記6月号
作品名 別表記 「繪本」
発行所 株式会社岩波書店(東京都)
総ページ数 160 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
30字
×25行
×2段
本文ページ 120~135
(計16頁)
測定枚数 54
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書誌
>>昭和25年/1950年☆月・大日本雄弁会講談社刊『創作代表選集 第6巻 昭和25年前期』所収
>>昭和26年/1951年5月・目黒書店刊『絵本 自選作品集』所収
>>昭和26年/1951年12月・河出書房/市民文庫『絵本』所収
>>昭和27年/1952年11月・河出書房刊『新文学全集 田宮虎彦集』所収
>>昭和28年/1953年9月・新潮社/新潮文庫『落城・足摺岬』所収
>>昭和29年/1954年7月・河出書房/河出文庫『絵本』所収
>>昭和29年/1954年9月・角川書店/角川文庫『足摺岬 他六篇』所収
>>昭和29年/1954年12月・新潮社/昭和名作選『ある女の生涯』所収
>>昭和29年/1954年4月・角川書店刊『昭和文學全集35 中島敦・武田泰淳・田宮虎彦集』所収
>>昭和30年/1955年7月・河出書房/河出文庫『絵本』[新装版]所収
>>昭和31年/1956年11月・光文社刊『田宮虎彦作品集 第3巻』所収
>>昭和33年/1958年7月・筑摩書房刊『現代日本文学全集83 大岡昇平・田宮虎彦・武田泰淳・三島由紀夫集』所収
>>昭和36年/1961年8月・講談社刊『日本現代文学全集102 井上靖・田宮虎彦集』所収
>>昭和40年/1965年☆月・学習研究社/ガッケン・ブックス『日本青春文学名作選23』所収
>>昭和42年/1967年5月・筑摩書房刊『現代文学大系51 永井龍男・田宮虎彦・梅崎春生集』所収
>>昭和42年/1967年9月・麦書房/雨の日文庫『絵本』
>>昭和45年/1970年2月・中央公論社刊『日本の文学64 井上友一郎・田宮虎彦・木山捷平』所収
>>昭和45年/1970年3月・角川書店/角川文庫『足摺岬・絵本』[改版]所収
>>昭和45年/1970年7月・正進社/正進社名作文庫『絵本・鶴』所収
>>昭和47年/1972年11月・筑摩書房刊『現代日本文学大系73 阿部知二・丸岡明・田宮虎彦・長谷川四郎集』所収
>>昭和47年/1972年12月・新潮社刊『新潮日本文学36 田宮虎彦集』所収
>>昭和49年/1974年☆月・中央公論社刊『日本の文学64 井上友一郎・田宮虎彦・木山捷平』[アイボリーバックス]所収
>>昭和54年/1979年1月・筑摩書房刊『筑摩現代文学大系64 田宮虎彦・梅崎春生集』所収
>>昭和55年/1980年5月・講談社刊『日本現代文学全集102 井上靖・田宮虎彦集』[増補改訂版]所収
>>昭和55年/1980年9月・むぎ書房/雨の日文庫『現代日本文学・戦中戦後編10 絵本』
>>昭和57年/1982年3月・埼玉福祉会/Large print booksシリーズ『落城・足摺岬』所収
>>昭和60年/1985年10月・金の星社/日本の文学33『足摺岬・絵本』所収
>>平成6年/1994年9月・高知新聞社/Koshin books、高知新聞企業発売『高知県昭和期小説名作集 第10巻 田宮虎彦』所収
>>平成7年/1995年7月・ぎょうせい刊『ふるさと文学館 第15巻 東京』所収
>>平成11年/1999年9月・講談社/講談社文芸文庫『足摺岬―田宮虎彦作品集』所収
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芥川賞 芥川賞 23回候補 一覧へ
候補者 田宮虎彦 男39歳
選考委員 評価 行数 評言
瀧井孝作
男56歳
37 「当選しそうでしたが、しまいにはずされて、一寸心のこりもありました。」「新人ではないし、もう十分認められている人ですが、それはこのごろ沢山書いていても筆に流れた所がないし、投げやりでないし、そして新人のように熱中した仕事振だから、このような一生懸命の仕事振に対して、こんどは特別に、型破りに、賞を呈するのもよいかと考えました。」「殊に、田宮氏の歴史小説に感心しました」「腕前は水際立ってズバ抜けています。」「現代小説は見劣りがすると思いました。」
石川達三
男45歳
7 「候補になっていた「絵本」よりも他に佳作があるということで、委員会の第一日ならば決定を保留し、次回までに近作を読んで見ることになった。」「もはや立派な作家であって今さら芥川賞を贈ることはないという話にきまった。」「歴史小説に立派なものが幾つか有った。」
舟橋聖一
男45歳
7 「田宮氏を推すか否か、委員の意見は区々であったが、芥川賞には新人の方がいいという話に、大勢が傾いた。」「(引用者注:銓衡委員会から)時がたつにつれ、ますます、あいまい模糊としてきた。こうなって見ると、やはり、田宮氏を推すべきではなかったかという振出しへ戻り、堂々めぐりになる。」
丹羽文雄
男45歳
22 「芥川賞としては異議があるが、受賞の方法を尾崎一雄的に解釈するというなら、田宮の内では歴史ものがよいと私は思った。」「「江上兄弟」「霧の中」上半期の歴史もの、それに最近の「鷺」「流転の剣客」と、田宮は一貫してきびしい眼をそだてている。漸く座を得たという感じになる。立派だと思った。その割に現代物があまいと委員達は言った。」「田宮虎彦はすでに自分らと同輩である。今更授賞など失礼にあたるという人も出た。」
坂口安吾
男43歳
45 「候補にあげられたことは、甚しく意外であった。」「その作品が不当に埋れているわけではなくて、多くの読者の目にもふれ、評者の目にもふれている。」「芥川賞復活の時に、三島君まではすでに既成作家と認めて授賞しない、というのが既定の方針であったが、田宮君が授賞するとなると、三島君はむろんのこと、梅崎君でも武田君でももっと古狸の檀君でも候補にいれなければならないし、かく云う私も、候補に入れてもらわなければならない。」「私は田宮君を芥川賞の卒業生と判定して、授賞に反対した次第である。」
宇野浩二
男59歳
35 「(引用者注:候補作の中で)『絵本』が一番ましである、と思った。」「『足摺岬』、『富士』、その他を考慮にいれて、十年以上も苦労をしているらしいこの作家に、そういう事で、芥川賞におしてもよいのではないか、と思った。」「田宮の作品をおすなら、『絵本』一聯の小説より歴史小説のほうがずっとよい、という説がちょっと強く出て、私も、『鷺』という歴史小説にいくらか感心したので、その説に賛成した。(しかし、私は、田宮の小説は、やはり、『絵本』の系統のものの方を、とる。)」
川端康成
男51歳
24 「田宮虎彦氏の作品は七篇読んだ。この賞の期間に、田宮氏は七篇以上書いていて、それらがことごとく候補作または参考作となったわけである。」「田宮氏への授賞に私は無論異存はないが、しかしまた田宮氏をすでに芥川賞の新人の線を越えた作家とすることにも異存はない。」「その作品や作家が芥川賞に価しないのではなく、他の候補作品に劣るのではなく、その逆であって、田宮氏をすでに芥川賞による新人推薦を必要としない作家と認めたことは明らかにしたいものである。」
岸田國士
男59歳
0  
佐藤春夫
男58歳
10 「最初はひとりを選べとの仰せ故田宮虎彦氏を挙げ」「仰せの如く田宮氏は既に流行作家の観あり、芥川賞作家の域を出ている上、当選作品で特にどれという一篇を決めにくい点、編輯部の意見が田宮氏を喜ばなかったのではありますまいか。それも認めます。しかし実のところは、あまり編輯部が強硬に主張されるのは、(もしそういう事実がありとすれば)御遠慮願いたいのですが。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和25年/1950年10月号)
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きく じゅみょう
菊の 寿命」(『風雪』昭和25年/1950年2月号)
媒体・作品情報
誌名 「風雪」
巻号 第4巻 第2号  別表記2月特大号
作品名 別表記 「菊の壽命」
印刷/発行年月日 印刷 昭和25年/1950年1月25日 発行 昭和25年/1950年2月1日
発行者等 編輯者 岡島 懃 発行者 吉川 晋 印刷者 小坂 孟 印刷所 大日本印刷株式会社(東京都)
発行所 株式会社六興出版社(東京都)
総ページ数 156 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
31字
×23行
×2段
本文ページ 90~101
(計12頁)
測定枚数 39
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書誌
>>昭和26年/1951年3月・東京文庫刊『落城』所収
>>昭和27年/1952年11月・河出書房刊『新文学全集 田宮虎彦集』所収
>>昭和28年/1953年11月・角川書店/角川文庫『落城 他9篇』所収
>>昭和29年/1954年4月・角川書店刊『昭和文學全集35 中島敦・武田泰淳・田宮虎彦集』所収
>>昭和35年/1960年☆月・筑摩書房刊『新選現代日本文学全集24 田宮虎彦集』所収
>>昭和54年/1979年10月・六興出版刊『落城』所収
>>平成6年/1994年9月・高知新聞社/Koshin books、高知新聞企業発売『高知県昭和期小説名作集 第10巻 田宮虎彦』所収
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芥川賞 芥川賞 23回参考作品 一覧へ
候補者 田宮虎彦 男39歳
選考委員 評価 行数 評言
瀧井孝作
男56歳
37 「当選しそうでしたが、しまいにはずされて、一寸心のこりもありました。」「新人ではないし、もう十分認められている人ですが、それはこのごろ沢山書いていても筆に流れた所がないし、投げやりでないし、そして新人のように熱中した仕事振だから、このような一生懸命の仕事振に対して、こんどは特別に、型破りに、賞を呈するのもよいかと考えました。」「殊に、田宮氏の歴史小説に感心しました」「腕前は水際立ってズバ抜けています。」「現代小説は見劣りがすると思いました。」
石川達三
男45歳
7 「候補になっていた「絵本」よりも他に佳作があるということで、委員会の第一日ならば決定を保留し、次回までに近作を読んで見ることになった。」「もはや立派な作家であって今さら芥川賞を贈ることはないという話にきまった。」「歴史小説に立派なものが幾つか有った。」
舟橋聖一
男45歳
7 「田宮氏を推すか否か、委員の意見は区々であったが、芥川賞には新人の方がいいという話に、大勢が傾いた。」「(引用者注:銓衡委員会から)時がたつにつれ、ますます、あいまい模糊としてきた。こうなって見ると、やはり、田宮氏を推すべきではなかったかという振出しへ戻り、堂々めぐりになる。」
丹羽文雄
男45歳
22 「芥川賞としては異議があるが、受賞の方法を尾崎一雄的に解釈するというなら、田宮の内では歴史ものがよいと私は思った。」「「江上兄弟」「霧の中」上半期の歴史もの、それに最近の「鷺」「流転の剣客」と、田宮は一貫してきびしい眼をそだてている。漸く座を得たという感じになる。立派だと思った。その割に現代物があまいと委員達は言った。」「田宮虎彦はすでに自分らと同輩である。今更授賞など失礼にあたるという人も出た。」
坂口安吾
男43歳
45 「候補にあげられたことは、甚しく意外であった。」「その作品が不当に埋れているわけではなくて、多くの読者の目にもふれ、評者の目にもふれている。」「芥川賞復活の時に、三島君まではすでに既成作家と認めて授賞しない、というのが既定の方針であったが、田宮君が授賞するとなると、三島君はむろんのこと、梅崎君でも武田君でももっと古狸の檀君でも候補にいれなければならないし、かく云う私も、候補に入れてもらわなければならない。」「私は田宮君を芥川賞の卒業生と判定して、授賞に反対した次第である。」
宇野浩二
男59歳
35 「(引用者注:候補作の中で)『絵本』が一番ましである、と思った。」「『足摺岬』、『富士』、その他を考慮にいれて、十年以上も苦労をしているらしいこの作家に、そういう事で、芥川賞におしてもよいのではないか、と思った。」「田宮の作品をおすなら、『絵本』一聯の小説より歴史小説のほうがずっとよい、という説がちょっと強く出て、私も、『鷺』という歴史小説にいくらか感心したので、その説に賛成した。(しかし、私は、田宮の小説は、やはり、『絵本』の系統のものの方を、とる。)」
川端康成
男51歳
24 「田宮虎彦氏の作品は七篇読んだ。この賞の期間に、田宮氏は七篇以上書いていて、それらがことごとく候補作または参考作となったわけである。」「田宮氏への授賞に私は無論異存はないが、しかしまた田宮氏をすでに芥川賞の新人の線を越えた作家とすることにも異存はない。」「その作品や作家が芥川賞に価しないのではなく、他の候補作品に劣るのではなく、その逆であって、田宮氏をすでに芥川賞による新人推薦を必要としない作家と認めたことは明らかにしたいものである。」
岸田國士
男59歳
0  
佐藤春夫
男58歳
10 「最初はひとりを選べとの仰せ故田宮虎彦氏を挙げ」「仰せの如く田宮氏は既に流行作家の観あり、芥川賞作家の域を出ている上、当選作品で特にどれという一篇を決めにくい点、編輯部の意見が田宮氏を喜ばなかったのではありますまいか。それも認めます。しかし実のところは、あまり編輯部が強硬に主張されるのは、(もしそういう事実がありとすれば)御遠慮願いたいのですが。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和25年/1950年10月号)
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ぜんや
前夜」(『新潮』昭和25年/1950年1月号)
媒体・作品情報
誌名 「新潮」
巻号 第47巻 第1号  別表記新年特大号/新年号/537号
印刷/発行年月日 印刷 昭和24年/1949年12月28日 発行 昭和25年/1950年1月1日
発行者等 編輯者発行者 齋藤十一 印刷者 小坂 孟 印刷所 大日本印刷株式会社(東京都)
発行所 株式会社新潮社(東京都)
総ページ数 156 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
31字
×25行
×2段
本文ページ 117~124
(計8頁)
測定枚数 28
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書誌
>>昭和26年/1951年3月・東京文庫刊『落城』所収
>>昭和28年/1953年11月・角川書店/角川文庫『落城 他9篇』所収
>>昭和54年/1979年10月・六興出版刊『落城』所収
>>平成6年/1994年9月・高知新聞社/Koshin books、高知新聞企業発売『高知県昭和期小説名作集 第10巻 田宮虎彦』所収
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芥川賞 芥川賞 23回参考作品 一覧へ
候補者 田宮虎彦 男39歳
選考委員 評価 行数 評言
瀧井孝作
男56歳
37 「当選しそうでしたが、しまいにはずされて、一寸心のこりもありました。」「新人ではないし、もう十分認められている人ですが、それはこのごろ沢山書いていても筆に流れた所がないし、投げやりでないし、そして新人のように熱中した仕事振だから、このような一生懸命の仕事振に対して、こんどは特別に、型破りに、賞を呈するのもよいかと考えました。」「殊に、田宮氏の歴史小説に感心しました」「腕前は水際立ってズバ抜けています。」「現代小説は見劣りがすると思いました。」
石川達三
男45歳
7 「候補になっていた「絵本」よりも他に佳作があるということで、委員会の第一日ならば決定を保留し、次回までに近作を読んで見ることになった。」「もはや立派な作家であって今さら芥川賞を贈ることはないという話にきまった。」「歴史小説に立派なものが幾つか有った。」
舟橋聖一
男45歳
7 「田宮氏を推すか否か、委員の意見は区々であったが、芥川賞には新人の方がいいという話に、大勢が傾いた。」「(引用者注:銓衡委員会から)時がたつにつれ、ますます、あいまい模糊としてきた。こうなって見ると、やはり、田宮氏を推すべきではなかったかという振出しへ戻り、堂々めぐりになる。」
丹羽文雄
男45歳
22 「芥川賞としては異議があるが、受賞の方法を尾崎一雄的に解釈するというなら、田宮の内では歴史ものがよいと私は思った。」「「江上兄弟」「霧の中」上半期の歴史もの、それに最近の「鷺」「流転の剣客」と、田宮は一貫してきびしい眼をそだてている。漸く座を得たという感じになる。立派だと思った。その割に現代物があまいと委員達は言った。」「田宮虎彦はすでに自分らと同輩である。今更授賞など失礼にあたるという人も出た。」
坂口安吾
男43歳
45 「候補にあげられたことは、甚しく意外であった。」「その作品が不当に埋れているわけではなくて、多くの読者の目にもふれ、評者の目にもふれている。」「芥川賞復活の時に、三島君まではすでに既成作家と認めて授賞しない、というのが既定の方針であったが、田宮君が授賞するとなると、三島君はむろんのこと、梅崎君でも武田君でももっと古狸の檀君でも候補にいれなければならないし、かく云う私も、候補に入れてもらわなければならない。」「私は田宮君を芥川賞の卒業生と判定して、授賞に反対した次第である。」
宇野浩二
男59歳
35 「(引用者注:候補作の中で)『絵本』が一番ましである、と思った。」「『足摺岬』、『富士』、その他を考慮にいれて、十年以上も苦労をしているらしいこの作家に、そういう事で、芥川賞におしてもよいのではないか、と思った。」「田宮の作品をおすなら、『絵本』一聯の小説より歴史小説のほうがずっとよい、という説がちょっと強く出て、私も、『鷺』という歴史小説にいくらか感心したので、その説に賛成した。(しかし、私は、田宮の小説は、やはり、『絵本』の系統のものの方を、とる。)」
川端康成
男51歳
24 「田宮虎彦氏の作品は七篇読んだ。この賞の期間に、田宮氏は七篇以上書いていて、それらがことごとく候補作または参考作となったわけである。」「田宮氏への授賞に私は無論異存はないが、しかしまた田宮氏をすでに芥川賞の新人の線を越えた作家とすることにも異存はない。」「その作品や作家が芥川賞に価しないのではなく、他の候補作品に劣るのではなく、その逆であって、田宮氏をすでに芥川賞による新人推薦を必要としない作家と認めたことは明らかにしたいものである。」
岸田國士
男59歳
0  
佐藤春夫
男58歳
10 「最初はひとりを選べとの仰せ故田宮虎彦氏を挙げ」「仰せの如く田宮氏は既に流行作家の観あり、芥川賞作家の域を出ている上、当選作品で特にどれという一篇を決めにくい点、編輯部の意見が田宮氏を喜ばなかったのではありますまいか。それも認めます。しかし実のところは、あまり編輯部が強硬に主張されるのは、(もしそういう事実がありとすれば)御遠慮願いたいのですが。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和25年/1950年10月号)
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やりざわいちざえもん さいご
槍沢市左衛門の 最期」(『読売評論』昭和25年/1950年1月号)
媒体・作品情報
誌名 「読売評論」  別表記表紙 「読賣論」 目次・扉・奥付 「讀賣論」 表紙 「YOMIURI HYORON」併記
巻号 第2巻 第1号  別表記1月号/新年号
作品名 別表記 「槍澤市左衞門の最期」
発行者等 編集印刷兼発行人 楢崎 勤 印刷所 讀賣新聞社(東京都)
発行所 讀賣新聞社(東京都)
総ページ数 144 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
30字
×24行
×2段
本文ページ 115~125
(計11頁)
測定枚数 37
上記のうち紫の太字はブラウザでの表示が困難な異体字(主に正字など)
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書誌
>>昭和26年/1951年3月・東京文庫刊『落城』所収
>>昭和28年/1953年11月・角川書店/角川文庫『落城 他9篇』所収
>>昭和54年/1979年10月・六興出版刊『落城』所収
>>平成6年/1994年9月・高知新聞社/Koshin books、高知新聞企業発売『高知県昭和期小説名作集 第10巻 田宮虎彦』所収
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芥川賞 芥川賞 23回参考作品 一覧へ
候補者 田宮虎彦 男39歳
選考委員 評価 行数 評言
瀧井孝作
男56歳
37 「当選しそうでしたが、しまいにはずされて、一寸心のこりもありました。」「新人ではないし、もう十分認められている人ですが、それはこのごろ沢山書いていても筆に流れた所がないし、投げやりでないし、そして新人のように熱中した仕事振だから、このような一生懸命の仕事振に対して、こんどは特別に、型破りに、賞を呈するのもよいかと考えました。」「殊に、田宮氏の歴史小説に感心しました」「腕前は水際立ってズバ抜けています。」「現代小説は見劣りがすると思いました。」
石川達三
男45歳
7 「候補になっていた「絵本」よりも他に佳作があるということで、委員会の第一日ならば決定を保留し、次回までに近作を読んで見ることになった。」「もはや立派な作家であって今さら芥川賞を贈ることはないという話にきまった。」「歴史小説に立派なものが幾つか有った。」
舟橋聖一
男45歳
7 「田宮氏を推すか否か、委員の意見は区々であったが、芥川賞には新人の方がいいという話に、大勢が傾いた。」「(引用者注:銓衡委員会から)時がたつにつれ、ますます、あいまい模糊としてきた。こうなって見ると、やはり、田宮氏を推すべきではなかったかという振出しへ戻り、堂々めぐりになる。」
丹羽文雄
男45歳
22 「芥川賞としては異議があるが、受賞の方法を尾崎一雄的に解釈するというなら、田宮の内では歴史ものがよいと私は思った。」「「江上兄弟」「霧の中」上半期の歴史もの、それに最近の「鷺」「流転の剣客」と、田宮は一貫してきびしい眼をそだてている。漸く座を得たという感じになる。立派だと思った。その割に現代物があまいと委員達は言った。」「田宮虎彦はすでに自分らと同輩である。今更授賞など失礼にあたるという人も出た。」
坂口安吾
男43歳
45 「候補にあげられたことは、甚しく意外であった。」「その作品が不当に埋れているわけではなくて、多くの読者の目にもふれ、評者の目にもふれている。」「芥川賞復活の時に、三島君まではすでに既成作家と認めて授賞しない、というのが既定の方針であったが、田宮君が授賞するとなると、三島君はむろんのこと、梅崎君でも武田君でももっと古狸の檀君でも候補にいれなければならないし、かく云う私も、候補に入れてもらわなければならない。」「私は田宮君を芥川賞の卒業生と判定して、授賞に反対した次第である。」
宇野浩二
男59歳
35 「(引用者注:候補作の中で)『絵本』が一番ましである、と思った。」「『足摺岬』、『富士』、その他を考慮にいれて、十年以上も苦労をしているらしいこの作家に、そういう事で、芥川賞におしてもよいのではないか、と思った。」「田宮の作品をおすなら、『絵本』一聯の小説より歴史小説のほうがずっとよい、という説がちょっと強く出て、私も、『鷺』という歴史小説にいくらか感心したので、その説に賛成した。(しかし、私は、田宮の小説は、やはり、『絵本』の系統のものの方を、とる。)」
川端康成
男51歳
24 「田宮虎彦氏の作品は七篇読んだ。この賞の期間に、田宮氏は七篇以上書いていて、それらがことごとく候補作または参考作となったわけである。」「田宮氏への授賞に私は無論異存はないが、しかしまた田宮氏をすでに芥川賞の新人の線を越えた作家とすることにも異存はない。」「その作品や作家が芥川賞に価しないのではなく、他の候補作品に劣るのではなく、その逆であって、田宮氏をすでに芥川賞による新人推薦を必要としない作家と認めたことは明らかにしたいものである。」
岸田國士
男59歳
0  
佐藤春夫
男58歳
10 「最初はひとりを選べとの仰せ故田宮虎彦氏を挙げ」「仰せの如く田宮氏は既に流行作家の観あり、芥川賞作家の域を出ている上、当選作品で特にどれという一篇を決めにくい点、編輯部の意見が田宮氏を喜ばなかったのではありますまいか。それも認めます。しかし実のところは、あまり編輯部が強硬に主張されるのは、(もしそういう事実がありとすれば)御遠慮願いたいのですが。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和25年/1950年10月号)
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ゆめ せかい
夢の 世界」(『新小説』昭和25年/1950年1月号)
媒体・作品情報
誌名 「新小
巻号 第5巻 第1号  別表記新年小説特別号
印刷/発行年月日 印刷 昭和24年/1949年12月25日 発行 昭和25年/1950年1月1日
発行者等 編集人 山田靜郎 発行人 和田利 印刷所 鐵弘濟會印刷所(東京都)
発行所 春陽堂(東京都)
総ページ数 164 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
30字
×25行
×2段
本文ページ 93~100
(計8頁)
測定枚数 25
上記のうち紫の太字はブラウザでの表示が困難な異体字(主に正字など)
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書誌
>>昭和26年/1951年10月・コスモポリタン社刊『菊坂』所収
>>昭和31年/1956年11月・光文社刊『田宮虎彦作品集 第3巻』所収
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芥川賞 芥川賞 23回参考作品 一覧へ
候補者 田宮虎彦 男39歳
選考委員 評価 行数 評言
瀧井孝作
男56歳
37 「当選しそうでしたが、しまいにはずされて、一寸心のこりもありました。」「新人ではないし、もう十分認められている人ですが、それはこのごろ沢山書いていても筆に流れた所がないし、投げやりでないし、そして新人のように熱中した仕事振だから、このような一生懸命の仕事振に対して、こんどは特別に、型破りに、賞を呈するのもよいかと考えました。」「殊に、田宮氏の歴史小説に感心しました」「腕前は水際立ってズバ抜けています。」「現代小説は見劣りがすると思いました。」
石川達三
男45歳
7 「候補になっていた「絵本」よりも他に佳作があるということで、委員会の第一日ならば決定を保留し、次回までに近作を読んで見ることになった。」「もはや立派な作家であって今さら芥川賞を贈ることはないという話にきまった。」「歴史小説に立派なものが幾つか有った。」
舟橋聖一
男45歳
7 「田宮氏を推すか否か、委員の意見は区々であったが、芥川賞には新人の方がいいという話に、大勢が傾いた。」「(引用者注:銓衡委員会から)時がたつにつれ、ますます、あいまい模糊としてきた。こうなって見ると、やはり、田宮氏を推すべきではなかったかという振出しへ戻り、堂々めぐりになる。」
丹羽文雄
男45歳
22 「芥川賞としては異議があるが、受賞の方法を尾崎一雄的に解釈するというなら、田宮の内では歴史ものがよいと私は思った。」「「江上兄弟」「霧の中」上半期の歴史もの、それに最近の「鷺」「流転の剣客」と、田宮は一貫してきびしい眼をそだてている。漸く座を得たという感じになる。立派だと思った。その割に現代物があまいと委員達は言った。」「田宮虎彦はすでに自分らと同輩である。今更授賞など失礼にあたるという人も出た。」
坂口安吾
男43歳
45 「候補にあげられたことは、甚しく意外であった。」「その作品が不当に埋れているわけではなくて、多くの読者の目にもふれ、評者の目にもふれている。」「芥川賞復活の時に、三島君まではすでに既成作家と認めて授賞しない、というのが既定の方針であったが、田宮君が授賞するとなると、三島君はむろんのこと、梅崎君でも武田君でももっと古狸の檀君でも候補にいれなければならないし、かく云う私も、候補に入れてもらわなければならない。」「私は田宮君を芥川賞の卒業生と判定して、授賞に反対した次第である。」
宇野浩二
男59歳
35 「(引用者注:候補作の中で)『絵本』が一番ましである、と思った。」「『足摺岬』、『富士』、その他を考慮にいれて、十年以上も苦労をしているらしいこの作家に、そういう事で、芥川賞におしてもよいのではないか、と思った。」「田宮の作品をおすなら、『絵本』一聯の小説より歴史小説のほうがずっとよい、という説がちょっと強く出て、私も、『鷺』という歴史小説にいくらか感心したので、その説に賛成した。(しかし、私は、田宮の小説は、やはり、『絵本』の系統のものの方を、とる。)」
川端康成
男51歳
24 「田宮虎彦氏の作品は七篇読んだ。この賞の期間に、田宮氏は七篇以上書いていて、それらがことごとく候補作または参考作となったわけである。」「田宮氏への授賞に私は無論異存はないが、しかしまた田宮氏をすでに芥川賞の新人の線を越えた作家とすることにも異存はない。」「その作品や作家が芥川賞に価しないのではなく、他の候補作品に劣るのではなく、その逆であって、田宮氏をすでに芥川賞による新人推薦を必要としない作家と認めたことは明らかにしたいものである。」
岸田國士
男59歳
0  
佐藤春夫
男58歳
10 「最初はひとりを選べとの仰せ故田宮虎彦氏を挙げ」「仰せの如く田宮氏は既に流行作家の観あり、芥川賞作家の域を出ている上、当選作品で特にどれという一篇を決めにくい点、編輯部の意見が田宮氏を喜ばなかったのではありますまいか。それも認めます。しかし実のところは、あまり編輯部が強硬に主張されるのは、(もしそういう事実がありとすれば)御遠慮願いたいのですが。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和25年/1950年10月号)
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きくざか
菊坂」(『中央公論』昭和25年/1950年6月号)
媒体・作品情報
誌名 「中央公論」  別表記表紙 「CHUO-KORON」併記
巻号 第65年 第6号  別表記6月号
印刷/発行年月日 発行 昭和25年/1950年6月1日
発行者等 編集者 篠原敏之 発行者 栗本和夫 印刷所 大日本印刷株式会社(東京都)
発行所 中央公論社(東京都)
総ページ数 256 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
32字
×23行
×2段
本文ページ 240~256
(計17頁)
測定枚数 59
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書誌
>>昭和26年/1951年10月・コスモポリタン社刊『菊坂』所収
>>昭和27年/1952年11月・河出書房刊『新文学全集 田宮虎彦集』所収
>>昭和29年/1954年4月・角川書店刊『昭和文學全集35 中島敦・武田泰淳・田宮虎彦集』所収
>>昭和30年/1955年☆月・角川書店/角川文庫『菊坂 他六篇』所収
>>昭和31年/1956年11月・光文社刊『田宮虎彦作品集 第3巻』所収
>>昭和35年/1960年☆月・筑摩書房刊『新選現代日本文学全集24 田宮虎彦集』所収
>>昭和45年/1970年2月・中央公論社刊『日本の文学64 井上友一郎・田宮虎彦・木山捷平』所収
>>昭和47年/1972年12月・新潮社刊『新潮日本文学36 田宮虎彦集』所収
>>昭和49年/1974年☆月・中央公論社刊『日本の文学64 井上友一郎・田宮虎彦・木山捷平』[アイボリーバックス]所収
>>平成6年/1994年9月・高知新聞社/Koshin books、高知新聞企業発売『高知県昭和期小説名作集 第10巻 田宮虎彦』所収
>>平成11年/1999年9月・講談社/講談社文芸文庫『足摺岬―田宮虎彦作品集』所収
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芥川賞 芥川賞 23回参考作品 一覧へ
候補者 田宮虎彦 男39歳
選考委員 評価 行数 評言
瀧井孝作
男56歳
37 「当選しそうでしたが、しまいにはずされて、一寸心のこりもありました。」「新人ではないし、もう十分認められている人ですが、それはこのごろ沢山書いていても筆に流れた所がないし、投げやりでないし、そして新人のように熱中した仕事振だから、このような一生懸命の仕事振に対して、こんどは特別に、型破りに、賞を呈するのもよいかと考えました。」「殊に、田宮氏の歴史小説に感心しました」「腕前は水際立ってズバ抜けています。」「現代小説は見劣りがすると思いました。」
石川達三
男45歳
7 「候補になっていた「絵本」よりも他に佳作があるということで、委員会の第一日ならば決定を保留し、次回までに近作を読んで見ることになった。」「もはや立派な作家であって今さら芥川賞を贈ることはないという話にきまった。」「歴史小説に立派なものが幾つか有った。」
舟橋聖一
男45歳
7 「田宮氏を推すか否か、委員の意見は区々であったが、芥川賞には新人の方がいいという話に、大勢が傾いた。」「(引用者注:銓衡委員会から)時がたつにつれ、ますます、あいまい模糊としてきた。こうなって見ると、やはり、田宮氏を推すべきではなかったかという振出しへ戻り、堂々めぐりになる。」
丹羽文雄
男45歳
22 「芥川賞としては異議があるが、受賞の方法を尾崎一雄的に解釈するというなら、田宮の内では歴史ものがよいと私は思った。」「「江上兄弟」「霧の中」上半期の歴史もの、それに最近の「鷺」「流転の剣客」と、田宮は一貫してきびしい眼をそだてている。漸く座を得たという感じになる。立派だと思った。その割に現代物があまいと委員達は言った。」「田宮虎彦はすでに自分らと同輩である。今更授賞など失礼にあたるという人も出た。」
坂口安吾
男43歳
45 「候補にあげられたことは、甚しく意外であった。」「その作品が不当に埋れているわけではなくて、多くの読者の目にもふれ、評者の目にもふれている。」「芥川賞復活の時に、三島君まではすでに既成作家と認めて授賞しない、というのが既定の方針であったが、田宮君が授賞するとなると、三島君はむろんのこと、梅崎君でも武田君でももっと古狸の檀君でも候補にいれなければならないし、かく云う私も、候補に入れてもらわなければならない。」「私は田宮君を芥川賞の卒業生と判定して、授賞に反対した次第である。」
宇野浩二
男59歳
35 「(引用者注:候補作の中で)『絵本』が一番ましである、と思った。」「『足摺岬』、『富士』、その他を考慮にいれて、十年以上も苦労をしているらしいこの作家に、そういう事で、芥川賞におしてもよいのではないか、と思った。」「田宮の作品をおすなら、『絵本』一聯の小説より歴史小説のほうがずっとよい、という説がちょっと強く出て、私も、『鷺』という歴史小説にいくらか感心したので、その説に賛成した。(しかし、私は、田宮の小説は、やはり、『絵本』の系統のものの方を、とる。)」
川端康成
男51歳
24 「田宮虎彦氏の作品は七篇読んだ。この賞の期間に、田宮氏は七篇以上書いていて、それらがことごとく候補作または参考作となったわけである。」「田宮氏への授賞に私は無論異存はないが、しかしまた田宮氏をすでに芥川賞の新人の線を越えた作家とすることにも異存はない。」「その作品や作家が芥川賞に価しないのではなく、他の候補作品に劣るのではなく、その逆であって、田宮氏をすでに芥川賞による新人推薦を必要としない作家と認めたことは明らかにしたいものである。」
岸田國士
男59歳
0  
佐藤春夫
男58歳
10 「最初はひとりを選べとの仰せ故田宮虎彦氏を挙げ」「仰せの如く田宮氏は既に流行作家の観あり、芥川賞作家の域を出ている上、当選作品で特にどれという一篇を決めにくい点、編輯部の意見が田宮氏を喜ばなかったのではありますまいか。それも認めます。しかし実のところは、あまり編輯部が強硬に主張されるのは、(もしそういう事実がありとすれば)御遠慮願いたいのですが。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和25年/1950年10月号)
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直木賞 第30回候補  一覧へ

とかい こかげ
都会の 樹蔭」(『オール讀物』昭和28年/1953年10月号)
媒体・作品情報
誌名 「オール讀物」  別表記表紙 「文藝春秋」併記
巻号 第8巻 第10号  別表記10月特別号
作品名 別表記 會の樹蔭」 本文 ルビ有り「とくわい」「こかげ」
印刷/発行年月日 印刷 昭和28年/1953年9月20日 発行 昭和28年/1953年10月1日
発行者等 編集人 上林吾郎 発行人 池島信 印刷人 柳川太郎 印刷所 凸版印刷株式会社
発行所 文藝春秋新社(東京都)
装幀/装画等  江村
総ページ数 292 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
20字
×25行
×3段
本文ページ 44~57
(計14頁)
測定枚数 43
上記のうち紫の太字はブラウザでの表示が困難な異体字(主に正字など)
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書誌
>>昭和29年/1954年9月・山田書店刊『眉月温泉』所収
>>昭和31年/1956年1月・新潮社/小説文庫『銀心中』所収
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候補者 田宮虎彦 男42歳
選考委員 評価 行数 評言
川口松太郎
男54歳
0  
井伏鱒二
男55歳
8 「巧妙に書けていると思った。」「もし(引用者注:木山授賞に)異論が出るとすれば、その場合は田宮君の作品を推すつもりで私は会に出席した。」
吉川英治
男61歳
18 「「都会の樹蔭」は氏を代表する作品ではない。」「(引用者注:当選者二作にしてそのうちの一作を田宮にとの声に)自分は反対した。田宮氏はもう一家の風をもっている人であり、二分の一作家としたのでは、表彰にならない。」
小島政二郎
男59歳
9 「田宮君のものなら、歴史小説の方にもっと優れた作品がある。」
木々高太郎
男56歳
8 「この作者の他の小説をもう二三篇よんでいたら僕にも意見があったろうが、この作品だけだったら、何か作りものだけの感じだった。或いはつぎ合わせものゝ感じだった。」
永井龍男
男49歳
14 「結局私は一票入れた。理由は、他に直木賞にふさわしい作品がなかったからという、消極的なものであった。」「作中の「私」夫婦に対して、作者の眼が甘く思われた」
大佛次郎
男56歳
11 「どうしてこれが候補作品として廻って来たのかと疑った。」「同君のものとして、優れているとは考えられない。田宮君の迷惑となることだと思った。」
選評出典:『オール讀物』平成15年/2003年3月号再録(初出:『オール讀物』昭和29年/1954年4月号)
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文量
短篇
章立て
なし
時代設定 場所設定
太平洋戦争中~戦後  ある街
登場人物
私(語り手、欅横丁の住人、小出版社に勤務)
山縣(退役陸軍少将、欅横丁の家主)
吉森美津子(欅横丁の新しい住人・吉森家の娘、小学生)




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