芥川賞のすべて・のようなもの
選評の概要
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9192939495.
96.
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Last Update[H28]2016/6/13

遠藤周作
Endo Shusaku
生没年月日【注】 大正12年/1923年3月27日~平成8年/1996年9月29日
在任期間 第76回~第96回(通算10.5年・21回)
在任年齢 53歳9ヶ月~63歳9ヶ月
経歴 東京府北豊島郡(現・東京都豊島区)生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒。出版社勤務後、フランス留学。帰国して、批評家、小説家となる。
受賞歴・候補歴
  • 第33回芥川賞(昭和30年/1955年上期)「白い人」
  • 第5回新潮社文学賞(昭和33年/1958年)『海と毒薬』
  • 第12回毎日出版文化賞(昭和33年/1958年)『海と毒薬』
  • |候補| 第1回谷崎潤一郎賞(昭和40年/1965年)『留学』
  • |候補| 第12回新潮社文学賞(昭和40年/1965年)『留学』
  • 第2回谷崎潤一郎賞(昭和41年/1966年)『沈黙』
  • |候補| 第13回新潮社文学賞(昭和41年/1966年)『沈黙』
  • |候補| 第18回読売文学賞[戯曲賞](昭和41年/1966年)『黄金の国』《戯曲》
  • |候補| 第21回読売文学賞[戯曲賞](昭和44年/1969年)『薔薇の館・黄金の国』《戯曲》
  • Ordine di San Silvestro Papa{聖シルベストロ教皇騎士団勲章/ローマ教皇庁}(昭和46年/1971年)
  • Pietrzak Prize{ピエトゥシャック賞/ポーランド}(昭和51年/1976年)
  • |候補| 第4回川端康成文学賞(昭和52年/1977年)「うしろ姿」
  • International Dag Hammarskjöld Prize{国際ダグ・ハマーショルド賞}(昭和53年/1978年)『イエスの生涯』
  • 第30回読売文学賞[評論・伝記賞](昭和53年/1978年)『キリストの誕生』
  • 第35回日本藝術院賞[文芸](昭和53年/1978年度)"作家としての業績"
  • 第33回野間文芸賞(昭和55年/1980年)『侍』
  • 文化功労者(昭和63年/1988年)
  • Campion Award{キャンピオン賞/アメリカ}(平成2年/1990年)
  • 第35回毎日芸術賞(平成5年/1993年度)『深い河』
  • 文化勲章(平成7年/1995年)
個人全集 『遠藤周作文学全集』全11巻(昭和50年/1975年2月~12月・新潮社刊)
『遠藤周作文学全集』全15巻(平成11年/1999年4月~平成12年/2000年7月・新潮社刊)
芥川賞候補歴 第33回受賞 「白い人」(『近代文學』昭和30年/1955年5月号、6月号)
備考
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下記の選評の概要には、評価として◎か○をつけたもの(見方・注意点を参照)、または受賞作に対するもののみ抜粋しました。さらにくわしい情報は、各回の「この回の全概要」をクリックしてご覧ください。

芥川賞 76 昭和51年/1976年下半期   一覧へ
選評の概要 はじめての芥川賞選考会に出て 総行数33 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男53歳
候補 評価 行数 評言
  「芥川賞銓衡は始めてなので、どこに水準をおいて考えるべきかに困った。」「いずれにしろ、今回の銓衡会に出て私にも芥川賞の水準がかなりきびしいことがわかったと御報告しておく。」
選評出典:『芥川賞全集 第十一巻』昭和57年/1982年12月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和52年/1977年3月号)
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芥川賞 77 昭和52年/1977年上半期   一覧へ
選評の概要 二作家の受賞を悦ぶ 総行数27 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男54歳
候補 評価 行数 評言
男43歳
16 「真向から意見が二つに分れたところにこの作品の性格がある。私はこの作品を支持した。」「決して前衛的な小説ではない。」「耳で聞える声と眼に見えるものの描写しかない。にもかかわらず電話に反応する二人の白人の女のなまなましい嫉妬は、彼女たちの動きでなまなましく伝わってくる。」「いずれにしろ、この作者の資質を否定することはできない筈である。」
小林信彦
男44歳
3 「私は(引用者中略)次点としていたが、小林氏が既に作家活動を盛んにされていることから、対象外になった」
男29歳
9 「授賞作になることに反対しなかった。ただ、この作品にはやや新人らしい独自の冒険がなく、安全な書きかたをしているのが多少、物足りなかった。(たとえばトシオが学生たちにからむ気持の描写などは、安全な書きかたであり、もっと複雑なものがあるような気がする)」
選評出典:『芥川賞全集 第十一巻』昭和57年/1982年12月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和52年/1977年9月号)
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芥川賞 78 昭和52年/1977年下半期   一覧へ
選評の概要 受賞しなかった三つの作品について 総行数38 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男54歳
候補 評価 行数 評言
中野孝次
男53歳
15 「私の好意を持った(引用者中略)作品」「一人の職人の家庭に生れた少年のいわば成長小説ともいうべき作品で、おそらく今後も作者は続篇を書かれるだろうと思う。」「少年が父と違った生き方を選ぶそのクライマックスは今回の作品だけでは足りないと思った。」「だが私にとってはこの続篇を期待させるほど、手がたい、好ましい作品であったことを報告しておく。」
男30歳
4 「授賞二作品については多くの評がこれからなされるだろう」
男30歳
4 「授賞二作品については多くの評がこれからなされるだろう」
  「授賞作が決った翌日、某新聞で今回の銓衡会は芥川賞の最近の「暴走」を避けるため、わざと地味な作品を選んだという記事がのっていた。」「しかし(少くとも私の知る限り)文学賞の銓衡会では授賞作を選ぶまで幾度も銓衡委員の自由で率直な意見の交換と討議があり、その結果、多数決、あるいは全委員の了承の上で授賞作のある、なしが決るのである。」
選評出典:『芥川賞全集 第十一巻』昭和57年/1982年12月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和53年/1978年3月号)
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芥川賞 79 昭和53年/1978年上半期   一覧へ
選評の概要 個人的感想 総行数30 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男55歳
候補 評価 行数 評言
男30歳
8 「これまでの氏の作品より優れていて、読後、あと味のいい小説だった。」「ひねくりまわした疎外小説やしらけ小説が多い昨今、好感が持てる作品だ。」
男50歳
10 「年下の男に長い愛情を持つ年輩の女の心理を探った小説だがその丁寧な描写と心の動きの掴えかたには感心した。」「(引用者注:年輩の女の心理分析が)類型的なところが多少、気になったが、しかし小説のうまさという点では今度の候補作のなかで一番である。」
選評出典:『芥川賞全集 第十二巻』昭和58年/1983年1月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和53年/1978年9月号)
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芥川賞 80 昭和53年/1978年下半期   一覧へ
選評の概要 当選作なし 総行数28 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男55歳
候補 評価 行数 評言
  「席上、強力にこれを推すという発言はなかったし、又全部の作品が強力な発言をうながすようなものでもなかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第十二巻』昭和58年/1983年1月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和54年/1979年3月号)
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芥川賞 81 昭和54年/1979年上半期   一覧へ
選評の概要 受賞作家の今後に期待する 総行数30 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男56歳
候補 評価 行数 評言
男35歳
9 「私があえて授賞作とするならばと思ったのは青野聰氏の「愚者の夜」だった。」「村上氏にくらべて青野氏の作品は無骨、不器用だが、氏はこれからの新しい作家がどうしても通過せねばならぬ大問題にぶつかり、そして不器用な解答しかしていない。私はこの結末はかわないし、また結末が簡単にできるとは思わないが、氏の懸命な姿に好意を持った一人である。」
女52歳
11 「他の銓衡委員も書くであろうように後半の老婆が出る場面から急に筆が急ぎすぎたため崩れた感じがある。そのためどうしても第一位に推す気持を失ったが、青野氏との授賞に反対するものではない。」
  「私の印象では今度もまた、これはどんなことがあっても推したいという作品がなく、ひょっとすると授賞作はないのではないか、という気持だった。」
選評出典:『芥川賞全集 第十二巻』昭和58年/1983年1月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和54年/1979年9月号)
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芥川賞 82 昭和54年/1979年下半期   一覧へ
選評の概要 選衡をおえて 総行数24 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男56歳
候補 評価 行数 評言
女51歳
15 「推すつもりで銓衡会に出た。」「今度の作品は今までの氏の作品のなかでも一番よく、また今回の候補作品のなかでも優れているからと思ったからである。」「外国人に嫁ぎ外国に居住する日本人の女の内面は当然、孤独である。(引用者中略)それを描く時、どのように描くかが問題になる。それはむつかしい。」「私がこの作品を評価したのはそのむつかしさを森さんが兎も角も克服したことだ。」
選評出典:『芥川賞全集 第十二巻』昭和58年/1983年1月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和55年/1980年3月号)
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芥川賞 83 昭和55年/1980年上半期   一覧へ
選評の概要 次の作品に期待する 総行数30 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男57歳
候補 評価 行数 評言
  「刺激と激励を与えるために賞を濫発すれば、その賞自体の意味がなくなる。そして応募する人にこの程度で賞をもらえるという気持にさせるかもしれない。私は今回、当選作なしを積極的に主張した一人であるが、それは右のような理由のためだった。」
選評出典:『芥川賞全集 第十二巻』昭和58年/1983年1月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和55年/1980年9月号)
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芥川賞 84 昭和55年/1980年下半期   一覧へ
選評の概要 氏だけのもの 総行数27 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男57歳
候補 評価 行数 評言
男43歳
9 「(引用者注:候補作の中で)半馬身先にたっているというのが私の感じだった。」「今まで氏の候補作になったもののなかで一番いいと思う。この作品を私が奨したのはこの作品はやはり尾辻氏だけの文体と言葉と感覚とで書かれているからである。」「ただ今後、この作風だけでは行きづまるかもしれぬという一抹の不安がしないでもない。」
  「群をぬいて、これだと思わせる作品は今回も見つからなかった。」「今回は授賞作が出たけれど、正直いって「これぞ芥川賞」と言う気はあまりしない。」
選評出典:『芥川賞全集 第十二巻』昭和58年/1983年1月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和56年/1981年3月号)
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芥川賞 85 昭和56年/1981年上半期   一覧へ
選評の概要 前回と同じ 総行数24 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男58歳
候補 評価 行数 評言
女42歳
3 「(引用者注:候補作のうち)自分の感覚と自分の文章を持っているのは吉行理恵さんだけで、この事は誰の眼からみても明らかだった。」
  「今の状況では年二回も芥川賞授賞作を出すのはどうかとこの頃いつも思う。年一回で充分なのではないだろうか。」「今回は五人も女性の作品が入っていたが、女性の候補作家にはえてして人間をイヤな眼で見るのが文学だと錯覚している人がいる。」「結局人間が描けてないのである。」
選評出典:『芥川賞全集 第十二巻』昭和58年/1983年1月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和56年/1981年9月号)
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芥川賞 86 昭和56年/1981年下半期   一覧へ
選評の概要 噴出力の乏しさ 総行数27 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男58歳
候補 評価 行数 評言
  「どんな反対意見があっても、これだけは奨したいという作品はなかった。」「私はなんだか新人の作家が書きすぎるような気がしてならない。」「今度の作品のなかでも技術的にうまいと思う人もいた。しかし書かずにいられぬ内側の噴出力が作品に感じられぬ時は、この技術のうまさは悪く言うと「わる達者」にみえるのである。」
選評出典:『芥川賞全集 第十二巻』昭和58年/1983年1月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和57年/1982年3月号)
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芥川賞 87 昭和57年/1982年上半期   一覧へ
選評の概要 選衡を終えて 総行数22 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男59歳
候補 評価 行数 評言
  「今回もこれこそという気持を持たせてくれる作品がなかった。」「この数日、色々な週刊誌から当選作なしの理由を電話できかれて閉口している。第一、芥川賞なしがそんなに世間の話題になるほうがおかしい。なぜなら芥川賞ははっきり言えば新人賞だからである。そして芥川賞は作家にとってゴールではない。出発点である。」
選評出典:『芥川賞全集 第十二巻』昭和58年/1983年1月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和57年/1982年9月号)
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芥川賞 88 昭和57年/1982年下半期   一覧へ
選評の概要 才能は評価する 総行数28 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男59歳
候補 評価 行数 評言
女46歳
7 「無難な当選作である。」「素直な構成、水彩画のようで時々、繊細なところもある描写、嫌味のない読後感で、他の作品よりは丁寧な筆致がかわれた。ただこの夢の壁が作品のなかでどういう意味があるのかまだはっきりしない。それが玉にきずのように私には思われる。」
男42歳
21 「無難な当選作ではない。現に選衡委員会で評価は三対四にわかれた。三は否であり四はよしとした。」「この小説を佐川君の心の内容ではなく佐川事件から触発された作者の気持と、祖母とオハラに代表される仲介者を書こうとした小説だと見て、その遊びを評価した人はこの作品を肯定した。」「(引用者注:私は)この作品にはついていけなかったが、作者の才能を評価するにはやぶさかではない。」
選評出典:『芥川賞全集 第十三巻』平成1年/1989年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和58年/1983年3月号)
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芥川賞 89 昭和58年/1983年上半期   一覧へ
選評の概要 選評 総行数21 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男60歳
候補 評価 行数 評言
高橋昌男
男47歳
8 「最後まで残った」「私は高橋昌男氏を推した一人である。」「この作品は高橋さんのもののなかで決して悪くない佳作だと思った。実力も安定した作家だと思ったのだがやや古風であるという点が災をして過半数の票をとれなかったのが残念だった。」
選評出典:『芥川賞全集 第十三巻』平成1年/1989年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和58年/1983年9月号)
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芥川賞 90 昭和58年/1983年下半期   一覧へ
選評の概要 受賞しなかった三つの作品について 総行数28 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男60歳
候補 評価 行数 評言
梅原稜子
女41歳
7 「当選作にたいしてわずかの差で受賞できなかった」「やや古風だが、丁寧で観察が行きとどいて好感の持てる作品だった。それが受賞しえなかったのは、作品の持つ長所が逆に迫力のなさにもつながったためだが、運が悪かったとしか思えない。」
男47歳
0  
女37歳
0  
  「受賞作二篇については各選衡委員が感想をのべるだろうから、屋上屋を架すことはやめて、残念ながら受賞しなかった作品の二つ、三つに少しだけふれておきたい。」
選評出典:『芥川賞全集 第十三巻』平成1年/1989年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和59年/1984年3月号)
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芥川賞 91 昭和59年/1984年上半期   一覧へ
選評の概要 この際はっきり言うと 総行数30 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男61歳
候補 評価 行数 評言
  「この際、はっきり言っておきたいが芥川賞は、スタート賞である。」「当夜、候補作家の家にたくさんのテレビが撮影しにいくのは悪趣味であり、見ていて実に御当人に気の毒だ。大傑作の賞でもないのだから、この際御当人の記者会見などやめたらどうだろう。わざわざテレビのニュースになるほどの社会的話題でもないと思うが。」
選評出典:『芥川賞全集 第十三巻』平成1年/1989年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和59年/1984年9月号)
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芥川賞 92 昭和59年/1984年下半期   一覧へ
選評の概要 好感が持てた作品 総行数33 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男61歳
候補 評価 行数 評言
女45歳
30 「他の候補作品より好感が持てた理由は三つある。」「ひとつは副人物の一人一人の描写が丁寧に書きこまれているということである。」「ふたつ目には彼女が非常に書きにくい人物をあえて中心においたことである。」「書きにくい人物をとに角ここまで書いた力を私はやはり認めたい。」「ただ、叔母がどうして自然という考えを自らの人生に受け入れたかはもう少し詳しく書いてほしかった。」
李良枝
女29歳
6 「荒けずりだが一気に読ませた」「必ずのびる作家である。」
選評出典:『芥川賞全集 第十三巻』平成1年/1989年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和60年/1985年3月号)
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芥川賞 93 昭和60年/1985年上半期   一覧へ
選評の概要 なし、仕方なし。 総行数26 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男62歳
候補 評価 行数 評言
  「特にぬきんでた作品が一本もなく、そして他の作品の幾つかが同じ程度である時ほど選衡が困る時はない。今回がそういう状態だった。」「今度の作品のいずれもが我々をおびやかすものではなく、我々をして眼のさめるような思いをさせなかったのは確かである。」「残念だが、しかし、この結果でいいと思っている。芥川賞は無理に出す必要はないのだ。」
選評出典:『芥川賞全集 第十三巻』平成1年/1989年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和60年/1985年9月号)
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芥川賞 94 昭和60年/1985年下半期   一覧へ
選評の概要 僅かの差 総行数27 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男62歳
候補 評価 行数 評言
女55歳
7 「「過越しの祭」については他の選衡委員が書かれるであろう」「私の気持としてはこれら四作(引用者注:「過越しの祭」「ベッドタイムアイズ」「エチオピアからの手紙」「果つる日」)はほんの僅かの差しかない。」
  「いつもはやや失望してきた芥川賞選衡だったが、今度はなかなかの力作、佳作が並び、これは受賞作を決めかねるのではないかと思った。」
選評出典:『芥川賞全集 第十四巻』平成1年/1989年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和61年/1986年3月号)
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芥川賞 95 昭和61年/1986年上半期   一覧へ
選評の概要 いつかは 総行数25 (1行=26字)
選考委員 遠藤周作 男63歳
候補 評価 行数 評言
  「芥川賞はたしかに新人賞ではあるが、しかしほかの新人賞よりぬきんでているもののようなイメージがまた私のなかにある。旧文学にはなかった視点やあたらしいスタイルと手法が我々を驚かせ、魅了してくれるようなもの――それを私は委員にさせられてからいつも心中、期待していたように思う。だが残念ながら私にとってこのところ、そうした作品にはぶつからなかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第十四巻』平成1年/1989年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和61年/1986年9月号)
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